幕間(ベレス視点)、転がり落ちゆく岩のごとく
◇ ◇ ◇
幼い頃は、この小さな街カーマヤオが世界の全てだった。
この街に生きる人々が全ての人で、街の城壁を超えた先にさらに世界が広がっているとは想像もしたことがなかった。
この場所にあまり良い思い出はない。図体ばかりが大きく、鈍臭かった自分はよく同年代の子供たちにからかわれていた。
自分の居場所と言えば、街の近くの森の奥に住む
良い思い出はないが、この街を嫌いになることはなかった。気候は温暖で過ごしやすいし、住む人々もその気候に影響されているのか温和な性格の者が多い。何より——葡萄酒がうまい。
その街を今、自分は蹂躙している。
魔術で操った魔物どもに空から襲わせ、自分の
育った街を、関わった人々を、自分は全て壊そうとしている。
後悔はない。そうすることでしか計画を前に進めることはできないという確信があったからだ。
計画は今のところ順調に進んでいる。この街でシグルイ=ユラハを見つけた時は正直、焦りが生まれた。魔界遠征に参加したほどの冒険者が何人もいては、さすがに自分の計画にも狂いが出てしまう。
「だが所詮、愚物は愚物だったな」
あの男のことを考えると虫酸が走る。
現実から目を逸らし、怠惰に余生を生きることを選んだ精神の貧弱さには目を覆いたくなる。なぜあのような愚物が生き残り、勇敢に戦った自分の仲間は命を散らしてしまったのか。納得ができない。
一方で、あの男がもたらした恩恵もある。今、自分の手の中にある一つ花の勇者だ。
リースレインと名乗っていたこの少女は、勇者として雷の力に目覚めた。雷の力は特別だ。光や炎に並び、勇者を勇者たらしめる選ばれた能力である。
その力を手にすることができたのは、先の長い計画を順調に進める追い風となるだろう。
「
ある程度開けた場所に出ると、私は地面に右手をかざした。
右手の『一輪の紋章』が黄土色に光ると、地面が割れてそこから岩を繋ぎ合わせてできたような人形が生まれる。
本来、この岩の人形には簡単な指示でしか動かすことができない。だが、勇者を内部に埋め込んだ時——否、正確には意思のある生物を核として生成した時、自律して戦う
文字通り、岩の人形は岩の巨人となるのだ。
現役時代には地味だったこの力だが、今や計画の中核を担っている。この力の真価に気づいたからこそ、考えついた計画だと言っても過言ではない。
私はリースレインを、生み出したばかりの岩の兵士に当てる。岩はゆっくりと少女勇者の体を飲み込んでいった。
「なん、で……なんで、あなたはこんなことを……!」
意識を取り戻したらしいリースレインが、薄く目を開けて言った。
「お前には決してわからんさ、リースレイン。勇者という幻想を盲目に信じてしまっているお前にはな」
そうだ。勇者に理想の姿を重ねているだけの者に、自分の真意は理解できまい。真の敵との圧倒的な力の差を知らない者も同様だ。
少女の体はほとんどが岩人形の中に取り込まれ、わずかに顔だけが残った、リースレインの目が開き、翡翠色の瞳が真っ直ぐに自分に向けられる。
「見ていろ。シグさんが……ボクが憧れた人が、必ずあなたを倒す!」
リースレインに告げられた言葉に、私は思わず吹き出しそうになった。
「シグルイ=ユラハが? お前も見ただろう、心が折れて自暴自棄になったあの男の情けない姿を。今頃は
嘲笑って言ってやったが、リースレインの翡翠色の瞳は揺らがなかった。
「そんなことはない! ボクは知ってる、シグさんの強さを。あの人は必ず立ち上がる。立って、戦うんだ! シグさんは……あなたなんかよりずっと強い人なんだ!」
「黙れ! お前の冒険はすでに終わったのだ! わずかな希望にも期待するな。冷たい石の中で、ただ力を引き出されるだけの鉱物となれ!」
私は無理やりリースレインの体を岩人形の中へ押し込んだ。
これ以上、この娘の瞳の光を見ていたら、自分がおかしくなりそうだった。
勇者の体を取り込んだ岩人形が、誕生を喜ぶかのように太い両腕を振り上げる。その腕の周囲を稲光が走った。
雷の力を持った
「ふふ、ふふふ……名付けよう、お前の名前は
雷の
膨れ上がった軍勢は地の果てまで進軍を続け、やがてあの地へと至るだろう。
自分の全てを奪った、憎き大地——魔界へと。
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