第5章「過去との戦い、紡ぐは未来」

5-1、あの日の仲間たち


       ◇  ◇  ◇



「ここに、凄腕の“迷宮潜り”がいると聞いたのだが……君のことか?」


 それが、オレとオルテシアの出会いだった。


 当時、すでに『一輪の紋章』の花弁を3枚咲かせていた勇者だったオルテシアは、どこにいっても注目を集める人気者だった。

 そんな人が、どこの一行パーティにも入れてもらえない落ちこぼれだったオレに声を掛けてくれた。何かの間違いだって、あの場にいた全ての冒険者が思っただろう。


 単独ソロだったオレは、他の一行パーティに雇われて“迷宮潜り”をやっていた。聞こえはいいが、要は魔物が巣食う危険な場所に先行して潜り込み、安全を確保するための生贄みたいなもんだ。


 指先から糸を出すくらいしか能がなかったオレは、体を張らないと依頼クエストを受けさせてもらえないほどの弱者だった。

 当然、オルテシアもオレのことを使い捨てるつもりなんだろうなと、その時は考えていた。


「素晴らしい! 危機察知能力が頭抜けているし、動きも悪くない。何より、君の戦職クラス魔喰兵ネクロファジア〉には可能性が詰まっている! よかったら、私たちの仲間にならないか⁉︎」


 オレが先導して無事に迷宮を突破した後、目を輝かせて勧誘してきたオルテシアに、オレは何て答えたらいいかわからず困惑していた。それくらい、自分が評価されることに戸惑っていたんだ。

 戸惑いながら頷いて、オレに初めての仲間ができた。


「改めて名乗ろうか。私はオルテシア=エル=オルトラン。ヴァンダルカ王国の護国四家の出自だが、生まれは気にするな。今はただの勇者、ただの盾騎士パラディンだ」


 オルテシアは銀色の髪をなびかせる美しい勇者だった。大国の大貴族の生まれだというのに、全く偉ぶるそぶりもなく、むしろそのことを窮屈に感じているようだった。


「我はギーラン=エルシフル。代々オルトラン家にお仕えしてきた家柄だ。お嬢のことは、生まれた時から世話をしてきた長い付き合いでな。よろしく頼むぞ、シグルイ殿」


 礼儀正しく挨拶をしてきたのは、総白髪の初老の男ギーランだった。槍を武器に扱う槍術士ランサーで、まさに武人と呼ぶような強さを誇っていた。


「言っておくけど、あたしは反対だったんだからね。せいぜい足は引っ張らないでよ」


 ぶっきらぼうに言ってきたのは、燃えるような赤毛が特徴の少女シュナリゼリカ——通称シュナ。“力ある言葉”を操り奇跡を具現化させる刻印術士ルーンマスターだ。最初はそっけない態度だったが、年齢が近いこともあって、打ち解けてからはかなり仲良くなった。


 3人の仲間と出会い、一緒に冒険をすることで、オレは実力を伸ばしていった。1人では倒せない強大な魔物も、力を合わせれば討伐することができる。そして、強い魔物を倒せば、オレの魔喰兵ネクロファジアはより強い職能アーツを生み出すことができる。


 オルテシアが4枚全ての花弁を染めて『銀の勇者』の称号を得た時は、本当に嬉しかった。


 仲間たちは——オレの世界の全てだった。


 だが、ついに運命の時が訪れる。

 『第七次魔界遠征』だ。

 精鋭の勇者一行パーティを呼んだその作戦に、当然のようにオルテシアも選ばれた。自分たちが世界を救うのだと、意気揚々と魔界へ乗り込んだオレたちだったが、そこで待ち受けていたのは想像を絶する怪物“魔人”だった。

 人の姿を持ちながら、その力は魔物のごとく凶悪。人智を超えた存在である奴らに遠征団は壊滅させられ、魔界から逃げ帰ることとなった。


 後少しで脱出できるというところで、オレたちは炎を操る魔人に追いつかれた。奴は瞬く間に視界全てを紅蓮の焔の海に変え、オレたちを包み込んだ。

 絶体絶命。死を覚悟した時、オルテシアが前に進み出てオレに告げたんだ。


「この場は私に任せろ。お前は2人のことを頼む。安心しろ、すぐに後を追うさ」


 オルテシアは、オレたちを逃がすためにたった1人で魔人に立ち向かうと言ったのだ。それは即ち、死を意味していた。

 オレは反対した。最後の一瞬まで、オルテシアと共にいたかった。例えその結果死ぬことになったとしても、オルテシアと一緒に死ぬことができるなら本望だった。


 だが、オレの願いは結局叶うことはなかった。

 だってそれは、オルテシアの願いと思いを踏みにじる行為でもあったからだ。

 オレは意識のないシュナを背負い、武器と片腕を失ったギーランを引きずってなんとか魔界を脱出した。


 そして——オレが愛した『銀の勇者』は生きて帰ってくることはなかった。


 それから先のことはあまりよく覚えていない。


「なんで……なんで、あたしなんかを連れて逃げて、オルテシアさんを見捨てたの! なんであたしを捨てていかなかったの! 馬鹿野郎! シグルイは馬鹿野郎だ!」


 オルテシアを敬愛していたシュナは、逃げ帰ったオレを罵倒してどこかへ姿をくらましてしまった。彼女が泣き叫ぶ声は、ずっと耳に残っている。


「すまない。我も、気持ちに整理をつけることができない。だが、事の顛末は主君の家に伝えにいかねばならないだろう。それは、生き残ってしまった我の……最後の使命だ」


 ギーランも、オルテシアの死を一族の家に伝えるために帰路に着いた。

 あとには、後悔に囚われた無職オレだけが残った。

 どれだけ悔いても、どれだけ自分を呪っても、時が戻ることはない。オレはあの日から一歩も進めないまま、暗闇の中に囚われたままだった。


 リースたちと、出会うまでは。

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