1-5、無職は逃げ出した!
カーマヤオの街を西門から出ると、街道を歩いていく。
数日前に降った雨で道が荒れたのか、でこぼこしていて少々歩きにくい。
「えーっと……確か、街道沿いの林で
体に
「そう。急に道に出てきて馬が驚いたり、子供が泣いたり被害が出ているらしいな」
「被害って言うほどのものではないですけど、まだ大事になってないってだけですもんね。うん、頑張らなくちゃ!」
リースが気合を入れるようにぎゅっと拳を握った。本当に真面目な勇者様である。
「そう言えば、お前はなんで一人で冒険者なんかやってるんだ。この街の生まれってわけでもないだろ」
なんとなく尋ねると、リースは答えにくそうに俯いた。
「その……家出してきたというか、なんというか。ボクが冒険者をやることを両親に反対されたので、家を飛び出してきて……それで、一人なんです」
リースが言葉に詰まりながら答える。
「家出ねえ。つまりリースはお転婆なお嬢様ってやつなのか」
「いやいや! ボクはお嬢様なんかじゃないですよ! いわゆる普通の……普通の、家です」
慌てた様子のリース。多分こいつの言っていることは本当だろう。家を飛び出してきたまでは。そこから先は、どうも嘘や誤魔化しの匂いがする。
何か厄介な事情かやましいことでもあるのだろうか。
「……でも、今はすごく楽しいです。小さな頃からずっと憧れていた冒険者になることができて。まだまだ不慣れなことが多いですけど、自分の足で世界を歩けていることが不思議で、嬉しいんです」
言葉の端々から、こいつが今まで不自由な環境にいたことがわかる。
オレも昔はそうだった。何一つ自分の意思で決められることなんてなかった。仲間と出会って、おっかなびっくり世界を自分の足で歩き始めた頃の気持ちを、こいつを見ているとなんとなく思い出す。
「シグルイさんはどうして引退してしまったんですか? イーシャさんから凄腕の冒険者だったって聞きましたけど」
リースに尋ねられ、オレはため息をつきたい気持ちになった。元はと言えば、イーシャがこいつに変なことを吹き込んだせいだ。
「オレは昔いた
嘘は言っていない。
これ以上は話すつもりはないし、話したくもない。
「そろそろ街道から外れて林の中に入るか」
「は、はいっ!」
オレは話題を逸らすように、街道の脇に広がる林に入っていった。
胴の細い木々が乱立する林は小高い丘のようになっていて、ひたすら歩きづらい。一応、道のようなものはあるが背の低い草に覆われてしまっている。
ここのところの運動不足もあって、すぐに息が上がる。嫌だねえ、歳だねえ。
リースは汚れるのも構わず、茂みの中や木の間を覗き込んで魔物を探していた。元気が有り余っているようだ。
「なかなか見つかりませんね、
リースの呟きに、オレは助言をしてやろうという気分になる。
「いいか、リース。注意するのは魔物そのものではなく、痕跡だ。足跡や爪痕、暴れた跡だとかな。姿を見て、初めて魔物を発見したんじゃ遅い。ここは奴らの縄張りなんだ。不意を打たれる可能性がある」
「はい、ありがとうございます!」
「あと元気があるのは結構だが、あんまり大きな声は出さない方がいいぞ」
「わかりました……!」
今度は潜めた声で返事をしてくる。なんか楽しそうだな、こいつ。
オレが頭を掻いていると、藪の中に足跡らしきものを見つけた。人のものより少し大きく、丸さを帯びている。だが、古い足跡だからかはっきりと識別できない。
なんの足跡だったかな、これは……
「シグルイさん、見てください……!」
首を捻って考えていると、驚いた声が聞こえてきた。リースの指差す先に目をやると、倒れた木の幹から大きな赤色のキノコの傘が飛び出ているのが見えた。
手足が生えた顔のない動くキノコが、次々と木の幹を越えてくる。その光景は気色悪いと呼ぶほかない。
化けキノコの魔物——
「じゃあオレは下がって後ろから見てるけど、一人でいけそうか?」
「大丈夫、です……! シグルイさんはボクの戦いを見て、助言をしてください」
リースの返事を聞くと、オレは遠慮なく背を向ける。戦わないでいいならそれに越したことはない。
オレは手頃な木に登ると、枝の上に腰掛けた。リースは腰の剣を抜くと、両手で構えて
さて、お手並み拝見といこうかちびっこ勇者。
お前が次の時代の担い手となるか、それともいち冒険者として埋もれちまうだけのやつなのか、退屈しのぎに上から目線で見定めてやるよ。
もっとも、最終的な答えがわかる頃にオレは生きてはいないだろうがな。
——
——無職は逃げ出した!
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