1-4、春の魔茸《マタンゴ》駆除祭り

 

「んー……昼過ぎだから目ぼしい依頼クエストはないみたいですね」


 小柄な体を生かして他の一行パーティの間に潜り込んだリースが、掲示板を見上げて呟いた。

 ほとんどの依頼クエスト組合ギルドが開く朝方に貼り出されるため、“割のいい”依頼を求めるなら朝一番に乗り込むのが冒険者の常識だ。

 午後になっても残っているのは難易度の割に報酬が安いとか、指定された場所が遠いとか、何かしらの問題を抱えていることが多い。


「どれどれ……『廃墟の街の骸骨兵スケルトン討伐』に『ラッカ村の水源枯渇の調査』、『フィオロの森の怪異』? どれも怪しいというか、面倒そうな割に報酬がビミョーな依頼ばかりだな」


「でも、困っている人がいるなら力になりたい。ボクたちでできる依頼クエストってないかな?」


「面倒なのはダメだ。早い、安全、楽の三拍子が揃った依頼クエストじゃないとオレは受けない」


「そんなぁ……」


 嫌がるリースを引きずって、常設の依頼が貼り出された掲示板に移動する。

 何らかの理由で急に増えた魔物を定期的に駆除したり、常に供給が不足している素材の採取だったりといった依頼クエストはいつでも受注が可能だ。報酬は高くないが、安定して受けられるので冒険者の小遣い稼ぎになっている。


「で、でも、ボクは戦っているところをシグルイさんに見てほしいんです! 冒険者になってから、何度か戦ったんですが、なんだかうまくいかないことが多くて……助言アドバイスをいただけたらと」


「だったらいいのがあるぞ。魔茸マタンゴの駆除だ」


 オレは掲示板の中央に大きく貼られた『春の魔茸マタンゴ駆除祭り』の依頼クエストを指差す。途端にリースが嫌な顔をした。


 魔茸マタンゴは大きなキノコに手足が生えた魔物だ。軽く痺れる胞子を出すくらいで戦闘能力はほぼないため、組合ギルドが指定する危険度は一番低い5級となっている。

 だが、気候が温暖になると増殖する厄介な特性を持っているため、春先から夏にかけては駆除依頼が常に貼り出されている状態なのだ。その微妙に気持ち悪い見た目から、敬遠する冒険者も少なくない。


「うん……常設だと魔物と戦う依頼クエストはそれしかないか……ボク、頑張リマス……!」


 さっきまでの楽しそうな顔は何処へやら、若干顔が青ざめたリースが拳を握った。

 受付に行くと事務作業をしていた職員の男に声をかけ、常設の依頼クエストを受けたい旨を伝える。リースが首にかけていた金属製の冒険者証を見せると、職員はすぐに用紙と羽根ペンを取り、受注の準備を始めた。

 魔物にも危険度の等級があるように、冒険者にも格がある。


 一番低い銅級カッパーから始まり

 一皮向けた青銅級ブロンズ

 一定の実力が認められた鋼鉄級アイアン

 一人前となった玉鋼級スチール

 手練れの証の銀級シルバー

 抜きん出た力を持つ金級ゴールド

 力の極地である白銀級プラチナと昇格していく。もう一つ上に聖銀級ミスリルという階級があるが、もはやそれはおとぎ話か伝説の領域だ。


 大体の冒険者は青銅級ブロンズから玉鋼級スチールであることが多く、それ以上の等級に上がろうとすれば難易度は跳ね上がる。

 リースが見せたのは駆け出しを示す銅級カッパーの冒険者証だ。

 ちなみにこの冒険者証は、持ち主の血を混ぜて女神の祝福を与えて作ることで、本人以外が悪用できないようになっているらしい。


「あと、こちらの方も一緒に依頼クエストに参加しますっ」


 リースがオレの服の袖を引っ張り言った。職員の男は羽根ペンを動かす手を止め、こちらに怪訝そうな目を向けてくる。


「お連れの方は組合ギルドへの登録はお済みですか? お済みでないなら、こちらの傭兵登録用紙に記入をお願いします。筆記が難しいようなら、口頭で伝えていただければ私が代わりに記入いたします」


 職員の男は慣れた口上で言った。オレは少しだけ笑みを浮かべて答える。


「大丈夫大丈夫。字くらい書けるさ」


 読み書きは冒険者となった時に、かつての仲間から少しずつ教わってできるようになった。数少ない自慢の一つだ。

 オレは職員からペンを受け取ると、自信を込めて大きい文字で記入する。


 名前:シグルイ=ユラハ

 戦職クラス:無

 装備:無

 経歴:わすれた

 特記事項:酒飲みちゃい


 提出された用紙を見てぽかんと口を開けて固まる職員を後にして、オレはさっさと組合ギルドの出入り口へ歩き出す。


「さ、やること決めたらちゃっちゃと済ませようぜ、リース」


「え? あ、はい!」


 固まる職員とオレの間でおろおろ困惑していたリースだったが、すぐに小走りで付いてきた。

 久々の労働は面倒この上ないが、終わればツケ払いがしばらく許される上にいい酒とステーキが待っている。今から楽しみだ。


 組合ギルドを出て再び明るい屋外に戻ってくると、遠巻きにオレたちを見る視線に気がついた。


 なんだ? この絡みつくような視線は。

 じっくり観察されているみたいで嫌な気分だ。不審者を面白半分に見ているやつか、それとも……まぁ、どうでもいいことか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る