1-6、ぴょんぴょん跳んで、ぶんぶん振り回す
リースが剣を構える姿はなかなか様になっていた。
左足を前に、右足を後ろに、両手で内側に絞るように柄を握り、切っ先は敵に向ける。基本的かつ模範的な構えだと言っていい。
実戦経験のない冒険者の中には、剣術大会か演舞で見たのかよくわからんカッコつけた構えをする奴もいるが、リースはそれに比べてずっと地に足がついている。
「やぁ!」
鋭い声を上げ、リースが
間合いを詰めると、一気に斜め上から剣を振り下ろす。鋭い斬撃は、
二つに分かれた
魔物の体は普通の生物とは違い、『摩訶粉塵』と呼ばれる暗黒物質でできている。まぁ、オレたちは正式名称ではなく黒い塵としか呼んでいないが。
命を失った魔物は、その体を保つことができなくなり黒い塵となって消滅していく。例外はあるが、それが生物ではない別の存在として呼ばれる所以だ。
「それにしても、リースはいい動きをするなぁ」
オレは木の枝の上に座りながら、呟いた。
板についた構えといい、斬撃の鋭さといい、あいつはただの素人冒険者ではない。どこかで正式な剣術を学んでいる。
仲間が攻撃されたからか、
普通に戦えば楽勝なはずなんだが……
リースはすぐに剣を引いて攻撃を受けるが、一匹しか受けることができなかった。側面から別の個体の体当たりを受け、よろけてしまう。
「まだまだっ!」
すぐに体勢を立て直し、リースは再び斬りかかる。だが、次の一撃は
動きはいい。剣の筋も悪くない。
なのになぜ
「戦い方が、完全に対人戦仕様だ」
リースの動きは、相手と正面から向き合い正々堂々と打ち合うことを前提としているように見える。わかりやすく言えば、騎士同士の一対一の試合しか経験してきていないかのようだ。
だから、背丈も動きも人間とは違う
「リース」
オレが名前を呼ぶと、リースは体を震わせた。
「あ、あの、なんでしょうか……?」
リースの怯えた態度から、これから叱られるのだと覚悟していることが伺える。なんとなく、こいつがどんな環境で育ってきたのか察せられた。
「一回、テキトーに武器を振り回してみろ。手に持ってるのは剣じゃなくてその辺の木の棒だと思ってもいい。地面に足をつける必要もねえ。ぴょんぴょん跳んで、ぶんぶん振り回せ」
「はぁ……」
リースは何を告げられたのか理解していないようだった。それでも律儀に頷くと剣を構え直す。
素直なのはいいことだ。捻くれたり、頑固だったりするよりずっといい。
「ここにいるのはお目付役でも、指南役でもねえ。ただの無職だ。お前が何をしたって怒るやつはいない。お前はもう冒険者なんだろ? 周りの目なんか気にすんな。好きなようにぶちかましてやれ」
「…………はい!」
何か思うことがあったのか、リースの目から迷いが消えた。
「ぴょんぴょん跳んで」
直前にリースは踵で減速すると、膝を沈めて跳び上がる。小柄な体は宙を舞い、
あいつ、身軽だなぁ。
「ぶんぶん振り回す」
リースは体を回転させると、その勢いで剣を横に薙ぎ払った。
刃は二匹の
リースの顔に楽しそうな笑みが浮かぶ。わかる、回転斬りって憧れるよな。かっこいいし。
不恰好
大雑把
だが、それでいい。
リースに足りないのは、自分の体を自由に動かす感覚だ。正しい構え、正しい剣の振り方をしなければならないという強迫観念を捨てるところから始めなければならない。
少なくともオレが経験している限りでは、戦いは咄嗟に体が動いたやつが勝つ。無数に種類が存在する魔物どもを相手にして、全ての動きを想定することは不可能だ。斬れば分裂して増殖してくるやつや、死に際に爆発するやつもいる。
大切なのは、どれだけ多くの選択肢を用意して、どれだけ早く最適な答えを選べるかだ。こればっかりは実戦の中でしか学ぶことはできない。
だが、リースが身につけてきたことが無駄なわけではない。めちゃくちゃな動きが、あいつの洗練された剣術と噛み合う瞬間が必ず来る。
跳びかかってきた
「やぁあああああああ‼︎」
気合いの声を上げて振り下ろした一撃は、最初に見せた斬撃に勝るとも劣らない鋭さだった。
リースの剣が、
その切り口は、迷いがないものだった。
「えへへ……やりましたよ、シグルイさん」
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