1-7、無職はまた逃げ出した!

 

 オレはリースの笑顔を見て、背筋にぞくっとした感覚が走った。

 こいつはたった一回の戦闘で、一回りも二回りも成長しやがった。倒した相手こそ最下級の魔物だが、戦い方が一気にしなやかになった。


 最後の木の幹を蹴って繰り出した斬撃は、一流の冒険者の剣筋を見ているかのようだった。

 こいつは……もしかしたら天才たちの一人なのかもしれない。かつてのオレの仲間たちのような。


「シグルイさん。どうでしたか、ボクの戦いは」


 オレが座る木の根元にリースが駆け寄ってきて、撫でられるのを待つ子犬のような目でオレを見上げてくる。


「……うん、まぁまぁだったかな。最初に比べて大分硬さが抜けたと思う」


 オレは木から飛び降りて着地すると、リースから目を逸らしながら感想を言った。過度に褒めなかったのは、こいつが調子に乗らないようにするためだ。駆け出しの頃は、常に諌めるくらいの方がいい。


「シグルイさんの助言のおかげで、今までより自由に動けるようになった気がします! ボクは自分が身につけた動きに固執し過ぎていたんですね」


 リースが自分の剣の刃を見つめながら呟いた。


「今までの自分を否定する必要はないさ。ちょっとずつ魔物との戦いの動きを学んでいったらいい」


「はい!」


 元気のいい返事だ。

 こいつの成長性の高さは、人の助言を受け入れる素直さによる部分もあるだろう。一方で、その強みは同時に弱みにもなりえる。助言をなんでも聞いていると、何が正しいのかわからなくなってしまうからだ。


 だが、これだけの逸材だ。真っ当に成長すれば“あいつ”みたいな勇者にも、もしかしたらなれるかもしれない。まぁ、それを見届ける気はないけどな。


 ともかく、これでイーシャからの個人的な依頼クエストは終わった。早く帰って酒を飲もう。

 上等な葡萄酒と厚切りの鹿肉のステーキを想像し、オレは口の中で唾が込み上げてきた。


 その時だ。


「おいおい、魔茸マタンゴなんて雑魚を倒して喜んでるのかよ。お前は本当に選ばれた勇者サマなのかぁ?」


 林の中に男の声が響いた。リースが咄嗟に反応し、剣を構える。

 声がした方を見れば、ガラの悪い男3人がニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


 穏やかじゃないことに、3人ともが武器を持っている。1人が鉄製の戦棍メイス、2人が手入れされていなさそうなボロい剣だ。敵意があることは明らかだった。


「……あなたたちはボクを殴ろうとした人たちですね。ボクたちに一体なんの用ですか!」


 リースの言葉で、オレはそいつらのことを思い出した。

 どっかで見たことがあると思ったが、雨の降る夜にリースにうざい絡み方をしていた奴らだ。

 そういや、組合ギルドの建物を出たあたりからオレたちを観察するような視線を感じていたが、正体はこいつらだったのか。尾行されてるのに気づかなかったなんて、オレも随分勘が鈍っちまったもんだ。


「へっ、用なんて決まってんだろ。俺たちはお前らに借りを返しにきたんだよ」


「赤っ恥をかかされたからな。この屈辱は殴っただけじゃ収まらねえ」


「目を抉って、舌を割いて、木に吊るしてやったらどれだけ爽快だろうな」


 3人のごろつきは武器を揺らしながら、どこかで聞いたことのあるような脅し文句を垂れてオレたちに近づいてくる。


 こいつらはリースが勇者であることを知って因縁をつけてきた。そして酒をひっくり返されて怒り心頭になったオレがこいつらをのしちまった。その一連の出来事を恨んでいるのだろう。

 オレたちが人目につかない場所に来ることを待って、報復を実行に移した。

 こいつらは、本気でオレたちを殺す気だ。


「あいつらは武器を持っています。シグルイさんは下がってください」


 剣を構えたリースがオレをかばうように前に出た。


「奴らは3人いるぞ。1人じゃ無理だ」


「大丈夫です。


 そう告げるリースの顔は冷静だった。

 こいつはやはり、魔物よりも人とばかり戦ってきたのだろう。だからこんなに自信を持って勝てると言えるんだ。


「言ったな? オレは容赦なく背を向けるぞ。情けない姿を晒すぞ」


「はい! ここは任せてください」


 リースが即答するので、オレは宣言通り後ろへ下がった。こんなに言っているんだから、大丈夫だろう。

 あとは自己責任だぜ。


 男たちがわめき声を上げ、武器を振り上げる。

 リースは無言のまま剣の切っ先を相手に向けた。



 ——ごろつきたちが現れた!

 ——無職は逃げ出した!

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