1-8、魔術
どうやら
何ともお粗末な足運びだ。ドタバタと大きく足を振り上げ走っている。あれでは相手の急な動きに対応できないだろう。
リースは落ち着いていた。右側の男に狙いをつけると、予備動作なしに一気に踏み込む。急接近され慌てる男に剣を振るった。
リースの長剣が蛇のようにごろつきの剣に絡みつき、そのまま弾き飛ばす。ごろつきは何をされたかわからず、剣を失った自分の手を呆然と見ていた。
「すげえ技術だな」
オレは木の影に隠れながら、思わず呟いた。
最下級の魔物相手にも苦戦していた姿が嘘みたいだ。やはりリースの真価は対人戦で発揮されるらしい。人としか戦ったことがなかったのだろう。
「テメェ、このガキ!」
もう1人のごろつきが剣を振り上げ、リース目掛けて振り下ろした。だが、その場所にリースはいない。彼女はすでに、男の懐へ潜り込んでいた。
「やぁ!」
リースは剣の側面を使い、加減した打撃でごろつきの小手を打った。たまらずごろつきは剣を落とし、手を抑えてうずくまる。
骨は折れていないだろうが、しばらく重い物は掴めないだろう。絶妙な加減だ。
「さぁ、あとはあなた1人だけだよ。武器を捨てるなら、ボクもこれ以上手出ししません。どうしますか?」
あっという間に2人を無力化したリースが、最後の頭目格の男へ剣の先を突きつけた。
男は顔が青ざめていた。どうやらあいつだけは力の差を判断できる頭があるみたいだ。今のやり取りで、自分ではリースに決して敵わないことを悟ったらしい。
「……くくくくっ、はっはっはっは!」
男は青ざめた顔のまま、笑い始めた。気でも狂ったのか?
「どうやら女神様から勇者として選ばれたやつは、ただそれだけで強くなっちまうらしい。全く、羨ましいなあ!」
男が唐突に語り始めた。一度開いた口からは、堰を切ったように言葉が溢れてくる。
「俺たちだってよ、昔は冒険者をやってたんだ。だけど、ダメになっちまった! 何をやってもさっぱりうまくいきやしねえ。勇者にさえ選ばれていたなら、きっと華々しい人生が送れたっていうのによ!」
そうか、こいつらは冒険者崩れか。
英雄の叙事詩や物語に憧れて冒険者の道を歩き始めたはいいものの、挫折して身を持ち崩すやつは少なくない。オレもある意味その1人だしな。
「違う! 勇者の資質を与えられても、紋章の花を開花させなければ力にはならない。選ばれただけじゃ、何も変わらないんだ。ボクが、魔物相手に苦戦している姿を見たでしょう⁉︎」
リースが男の言葉に反論する。
勇者に選ばれたことを示す証——『一輪の紋章』には、4枚の花弁がある。秩序の女神イサナに認められることによって花弁は1枚ずつ色づき、そのたびに特別な力が与えられる。
4枚の花弁全てを色に染めた者は真の勇者として認められ、教会から二つ名が贈られるのだ。
リースの言う通り、資格を持っているだけでは力は何も変わらない。勇者として認められるよう行動しなければ、証もただの刺青だ。
だが、あいつの勇者への
「はっ! 選ばれたやつが何を言っても、選ばれなかったやつが耳を貸すとは思うなよ! お前らは思い上がって、俺たちを心の中で見下していることを知っているんだからな!」
「違う、そんなつもりで言ったんじゃ……!」
「うるせえ! その傲慢な口は閉じていろ。お前が俺たちに何かしたいと思うなら、黙って紋章が刻まれた腕を切り落とせ! それができないってなら……俺が食いちぎってやるよ!」
男はそこで言葉を切り、手に持っていた
相手が武装解除をしたと考えたリースは、ほっと息をつく。だが、すぐにその顔に緊張が走った。
周囲に、不自然に黒い風が渦巻き始めたのだ。
「ふぉるぐらん、ふぉるぐらん、てるぜ、へるた。ろくさ、へぜ、ぐらいあ……我は呼ぶ、我は求む!
男が不思議な響きの言葉を呟くと、黒い風は男に収束していく。
まずい……オレはこの現象を知っている!
「気をつけろ、リース! やつは魔術を使うつもりだ!」
魔術。
それは混沌の力を使った外道の法だ。使用すれば、大抵良いことは起こらない。世界に破壊と混沌がもたらされる。
扱いが難しいはずの魔術を、なぜそこらのごろつきが使えるのかはわからない。何か理由があるはずだ。だが、今はそんなことを考えている余裕はない。
男の体が急激に膨らみ、黒く変色していく。口が前に突き出て、後頭部から巻いた角が生えてくる。瞳が血の色に似た怪しい光を放ち始めた。
元の体の倍以上の大きさの体躯に、山羊を思わせる頭部……そこにいたのは、魔物の中でも特別な強さを持つ悪魔の一柱
男が使ったのは、変身の魔術だったのだ。
『俺ハ、選バレナカッタ。ダカラ、選ンダ……力ヲ手ニスルコトヲ!』
くそっ、駆け出し冒険者に助言をするだけの簡単な
「逃げるぞ、リース。あいつはどう低く見積もっても3級以上の強さだ。お前じゃ敵わねえ!」
オレは声をかけるが、リースは首を横に振る。
「いえ、背を向けて逃げられる相手ではありません。それくらいは、駆け出しのボクでもわかります。シグルイさんは逃げて、できれば助けを呼んできてください。それまでボクがここで足止めをします」
そう言って剣を構えるリースに、“あいつ”の姿が重なった。
顔も背格好も似ていない。ただ勇者だと言うことしか共通点はない。それでもなぜか、オレは懐かしい思いが込み上げてくるのだった。
「確かにボクでは敵わないかもしれない。だけど、精一杯あがいてやる! 今から——ボクの
リースが高らかに宣言した。
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