1-9、山羊の悪魔《バフォメット》
秩序の女神イサナから与えられる
それが
リースの
「
リースの剣が青白い光を帯び始める。
「あなたが魔物になったのなら容赦はしない。刃を使う!」
リースはごろつきどもを相手にした時、剣の側面を振るっていた。だが、
その力は持ち主の剣の速度を加速させる。
「やぁ!」
鋭さを増した刃が、
傷を受けた
「一瞬二斬〈燕斬り〉!」
リースは〈戦刃加速〉の力を乗せ、一息つく間に二発の斬撃を叩き込んだ。
今のところはリースが押している。だが、あいつは攻撃を受けながら、悪魔の体の扱い方を確かめていたように見えた。
つまり、本番はこれからだってことだ。
『調子ニ乗ルナヨ、小娘ガァ……!』
山羊のような口から、長い舌が矢のような勢いで伸びてくる。リースはとっさに横に転がり回避するが、自在に動く舌が追尾してきた。
「このっ……!」
リースが剣で舌を叩き斬ろうとするが、変幻自在の動きをする
鞭のようにしなる舌がリースの足に絡みつく。リースの小さな体は空中に軽々と持ち上げられ、そして地面に叩きつけられた。
「がぁ……!」
衝撃で、リースの口から声が漏れる。だが、剣は手放していなかった。自分の足を捉える
『フハハ! 無駄ダ、無駄ダ!』
刃が届く前に、リースの体は再び空中に放り投げられた。宙のリースに狙いをつけ、
「一瞬、二斬……」
『遅イ!』
技を繰り出す前に、リースは
力なく横たわる少女の手から、ついに剣が落ちる。体力は限界を迎えたようだった。
『コレガ、思イ上ガッタ勇者ノ末路ダ。哀レダナ。選バレタバカリニ、ソノ命ヲ散ラシテシマウノダカラ』
『マズ手足ヲ潰ス。動ケナクナッタトコロデ裸ニ剥キ、皮ヲ剥イデヤル。小娘、オ前ハ後悔デ泣キ叫ブノダ!』
「ボクは、泣かないよ……!」
リースが震える手で、なんとか体を起こす。
「痛くても、恐くても、ボクはこの道を後悔しない。選ばれたんじゃない、ボクは選んだんだ。冒険者になることを、そして立派な勇者になることを……! 自分が選んだ道が困難だったからといって、何かのせいにして逃げたくはない!」
リースの言葉は狙ったものかどうかは知らないが、ごろつきどもを糾弾しているようだった。
あいつらは冒険者の道を挫折し、それを自分たちが勇者に選ばれなかったせいだと考えた。それでリースを一方的に恨み、因縁をつけた。
『黙レ! 黙レ黙レ! 俺ヲ否定スル言葉ナド聞キタクハナイ! 痛メツケルノハヤメダ。一息ニ潰シテヤル!』
このままでは、リースの死は逃れることができない。悪魔の手に握り潰されその冒険を終えることになるだろう。
よくある話だ。喜び勇んで冒険者の道を歩き始め、予期せぬ落とし穴にかかって落命するなんてことはな。
物語にすらならない、よくある話だ。
オレは木の影に隠れたまま動くことはしなかった。ただその場にいて、リースの戦いを見ているだけだった。
小さな勇者は恐怖に抗い、目を背けることなく悪魔を睨みつける。
オレは動かない。
動く必要はない。
なぜなら——この場はすでにオレの領域だからだ。
「動きが、止まった……?」
リースが驚きで息を呑む。
拳を振り下ろそうとした
何が起きたか、誰もが理解できていないようだった。同じ姿勢で固まる
そんな中でオレが木の影からのこのこ出てきたもんだから、視線を一気に集めることになってしまった。
うぅ、注目されるのって恥ずかしいなぁ。
『ウ、動ケヌ……! 貴様カ、貴様ダナ⁉︎ 一体俺二何ヲシタ! 貴様、タダノ呑ンダクレデハナイナ!』
体を動かそうともがく
「ただの呑んだくれってのも間違いないぜ? 名乗るほど立派な名前は持っちゃいないけどな。だが、忘れてるみたいなんでもう一回自己紹介させてもらうが……」
オレは何も持たない両手を広げて告げる。
「通りすがりの無職だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます