第3章「迷いの森の花と魔女」

3-1、望まぬ遭遇《エンカウント》


      ◇  ◇  ◇



「ふふんふんふーん、ふふんふふーん、ふふんふふふーふふふー♪」


 その日、オレは珍しく上機嫌に鼻歌なんて歌いながら、組合ギルド前の広場で待ち合わせをしていた。

 いつも依頼クエストの前は面倒臭くて憂鬱なのだが、今日は少しだけ違う。


「あれ、シグさん。今日はご機嫌だね!」


 後からユイファンと一緒にやってきたリースが、オレの様子を見て話しかけてきた。


「おう、わかるか。実はこいつを買ったんだよ」


 オレは腰に差した短剣ダガーを鞘ごと外して、リースたちに見せた。

 装飾はないが、頑丈かつ鋭く作られたなかなかの一品である。重さもオレが現役時代に使っていたものに近く、手に馴染む。


「おー、武器を買ったんスね。ようやくやる気を出したんスか」


「やる気を出したわけじゃないがな。やっぱり武器の一つでも持っておけば、安心かなと」


 やはり引退した後も、新しい武器を買う時は心が踊る。その辺りは男の子の宿命だね。


「でもよくお金貯められたね。シグさん、依頼クエストの分け前は全部お酒を買うのに使っていると思ってたから」


「まあなー。実際ほとんど酒につっこんじまってるし、手持ちの金なんてほとんどなかったよ」


「え……じゃあその短剣ダガー買う金はどっから出てきたんスか……?」


 ユイファンが怪訝そうな表情で尋ねてくる。

 どこから短剣ダガーを買う金が出てきたって? そんなものは決まっている——


「水源調査の依頼クエストの報酬がそこそこ良かったからそれを当てたのと……足りない分はイーシャに出してもらった」


「えっ……」


「うわぁ……」


 ありのままを話しただけなのに、なぜか2人とも冷たい目をオレに向けてくる。


「イーシャさんって、シグルイくんの行き付けの酒場の従業員の人っスよね? ええと……それってヒモ——」


「ダメだよ、ユイちゃん! それ以上言っちゃ!」


 何を盛り上がっているのかは知らないが、オレは紐ではなく糸使いである。


「そ、そうだ! もうすぐ聖樹生誕祭ユグドラヴァースだね。この街も人が増えてきた感じがするよ!」


 リースが話題を無理やり変えるように言った。

 確かに以前は人影がまばらだった組合ギルド前の広場も賑わいが生まれているように見える。武器を持っている者が多いことから、冒険者たちだろう。


「あー、このど田舎にしては人が多いと思ったっスが、もうそんな時期か。この街出身の勇者や冒険者が里帰りとかしてるんスよね」


 腰に手を当てたユイファンが、広場を見渡して呟いた。

 聖樹生誕祭ユグドラヴァースは、旅だった冒険者たちが里帰りする時期でもある。オレには関係なかったけどね。


「と言っても、こんな辺境の田舎じゃ有名どこの勇者なんていないっスけどねー」


「そんなことないよ、ユイちゃん。カーマヤオ出身なら、高名な二つ名持ちの勇者がいるよ!」


 リースがユイファンの言葉に反論したその時だ。

 オレはただならない気配が近づいてくるのを感じて、その方向へ振り返った。


「『岩の勇者』ベレス様だ!」

「この街の至宝!」

「英雄の凱旋だ!」


 歓声が上がり、群衆がどんどん集まってくる。まるで海を割るかのように、その中央をゆっくりと歩いてくる大男の姿があった。


 岩を思わせる屈強な体格で、険しい顔には男らしい皺が刻まれている。まさに歴戦の勇士といった雰囲気が漂っていた。


「わわわっ、岩の勇者ベレス様だ! 本物だよ! すごいすごい!」


「誰スか?」


「さっき話したこの街出身で唯一の二つ名持ち勇者様だよ!」


 今にも駆け出しそうなほど興奮しているリースと、特に何も感じていない様子のユイファン。

 オレは目を逸らしたが、どうやら見つかってしまったようだった。大男が真っ直ぐこちらへ歩いて近づいてくる。オレは観念して視線を返した。


 オレはあいつを知っている。


 あいつもオレを知っている。


 できれば——会いたくはなかった。


 大男はオレのそばで立ち止まると、ゆっくり口を開いた。重々しい声が響く。


「久しいな、シグルイ=ユラハ。


「……ああ。お互い生きていたようで何よりってとこかね」


 岩の勇者ベレス。

 オレと同じ、3年前の『第七次魔界遠征』の数少ない生き残りである。

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