3-2、岩の勇者


 魔物どもが支配する領域——魔界。

 そこに混沌の勢力を統べる王が鎮座している。


 王の力が増し、混沌の勢力の活動が活発化したと判断した時、イサナ教は精鋭の勇者たちを魔界に送り込み王の力を削ごうと試みる。それが魔界遠征である。

 混沌の王を完全に討ち滅ぼすことはできない。封印して、眠りにつかせるだけだ。その間は魔物たちの動きも鈍くなり、“秩序ある安寧の時”が訪れる。


 オレが現役だった時代は、今とは比べものにならないほど魔物どもが凶悪化していた。それを受けて計画されたのが、3年前の『第七次魔界遠征』だ。

 遠征は無事成功。集った20数人の勇者とその仲間たちの活躍により混沌の王は封印され、世界に平和が訪れましたとさ。


 


「その腰に下げた短剣ダガーを見るに、冒険者としての活動を立派に続けているようだな、シグルイ=ユラハ」


 ベレスの視線が、買ったばかりのオレの短剣ダガーに向けられる。


「とっくの昔に引退して、今はただの無職だよ。やっているのは冒険者の真似事だけさ。立派でもなんでもない」


 そう、あの日々に比べればリースたちに付き合って受けている依頼クエストも真似事に過ぎない。


「あんたこそ、立派に勇者としての務めを果たしてるみたいだな」


「私も戦いに関しては身を引いている。今回聖樹生誕祭ユグドラヴァースに合わせて故郷に戻ってきたのも、若い者たちに伝えられることがあればと思ってのことだ。そうした意味では務めを果たしているということにもなるな」


 ベレスはオレから視線を外し、リースとユイファンへ目を移す。リースは緊張で身を震わせた。


「この少女たちが今の君の仲間というわけか。3年前は、槍使いの男と赤毛の術士の少女と一緒にいただろう。彼らはどうしているのかね」


「ギーランの爺さんとシュナか。あいつらとは、一行パーティが解散になってそのままさ。一度も会ってねえよ」


 まずい。話が仲間のことに及んでしまった。

 なんとか話題を変えなければ、“あの日の出来事”がリースたちに知られてしまう。

 なんだってベレスはそんなことを聞くんだ。仲間のことに触れられたくないのは、こいつも一緒のはずなのに。


「あ、あの、ボクは……いえ、私はリースといいます。シグさんの仲間で、一応、その……勇者をやってます!」


 リースが緊張した様子で一歩前に出て、ベレスに自己紹介をした。オレは内心でホッとする。

 勇者と聞いて、ベレスの表情が変わった。


「ほう! そうか、君は勇者なのか。『一輪の紋章』は咲かせているのかね?」


「いえ、恥ずかしながらこの通りまだ無花の状態ですっ!」


 リースが手袋を外し、右手の甲に刻まれた『一輪の紋章』をベレスに見せる。


「なに、気にする必要はない。私が紋章を初めて咲かせたのは、勇者になって3年が経ってからのことだ。何事も焦らず続けることが肝要なのだよ」


 そう言うとベレスは自身の手袋を外し、4枚の花弁が全て黄土色に染まった『一輪の紋章』を見せた。


「すごい……全部の花びらが染まった紋章は初めて見た……! ありがとうございます!」


 感動したリースが何度も頭を下げて、ベレスへ感謝を伝えた。

 ベレスは手袋をはめ直すと、オレたちに背中を向けて歩き出す。


「私はこれで失礼するよ。久しぶりの帰郷で顔を出さねばならない場所が多くてね。また会おう、シグルイ=ユラハ。そして勇者の少女よ」


 そう言って、岩のような巨大な存在感を放つ男は通りの向こうへ去っていった。

 重圧感から解放され、オレはため息をつく。リースは放心状態のまま、ぺたんとその場に座った。


「す、すごかった〜。あれが岩の勇者ベレス様……やっぱり二つ名持ち勇者は、なんと言うか気配オーラから違うね」


「と言うか、シグルイくんはあの人と知り合いだったんスね。どこで会ったんスか?」


 1人マイペースを保っているユイファンがオレに尋ねてきた。


「……そこまで深い仲じゃない。オレが現役だった時に、たまたま同じ依頼クエストを受けただけだ」


「ふぅん?」


 ユイファンは何か引っかかっているようだったが、興味がなくなったのか話はそこで切れた。こいつ、勘が鋭いからな。


「あ、あの、少しよろしいでしょうかっ」


 その時、オレたちに話しかけてくる声があった。そちらを振り返ると、気の弱そうな青年がおどおどした様子で立っていた。


「ぬ、盗み聞きをしようとしたわけではないのですが、ベレス様とお知り合いのようだったので……その、信頼できる冒険者様たちだと思います。僕の話を聞いてはいただけないでしょうか?」

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