4-3、心の声
術士の青年から別れたオレたちは、お祭り騒ぎのカーマヤオの街の中を歩いていた。
いつもは閑散としている
その中から探し人である茶色の髪の槍使いの勇者を探すのだが、これだけ人がいたら歩き回るだけで一苦労だ。
「シエンナさんはどうしていなくなっちゃったんスかね?」
周囲を見渡しながら、ユイファンが呟いた。
「うーん……話を聞いた感じだと、仲違いをしたってわけじゃなかったもんね。何か、事件に巻き込まれちゃったのかも」
リースの答えに、オレは内心どきりとした。
岩の勇者ベレスが教えてくれた、この街で続く勇者の失踪。そのことをこいつらに伝えるべきだろうか。
だが、そのことを話したら、ベレスとの関係についてこいつらに勘ぐられてしまう恐れがある。そうなれば、オレの過去が白日のもとに晒されるのも時間の問題だ。
少し悩んで、オレは黙っていることに決めた。
まだ探し人が事件に巻き込まれたと決まったわけではない。ベレスが言っていたことだって、確定しているわけではないんだからな。
オレは、そう自分に言い聞かせた。無理やり納得させるように。
「……フィオは、もう限界、かもしれない」
突然、最後尾を歩いていたフィオがその場にへたり込んだ。助け起こすと、もともと白い顔がさらに青白くなっている。
「フィオちゃん、大丈夫⁉︎」
リースとユイファンが駆け寄ってきた。
「熱はない、が……これは、疲労によるものだな。多分、人混みの中を歩いたせいで疲れちまったんだ」
無理もない。これまで森の中でひっそりと生きてきたフィオが突然こんな人の群れの中に放り込まれてしまったんじゃ、慣れない環境で精神をすり減らしてしまう。
オレはぐったりとしているフィオを背中に担ぐと、リースたちに向き直った。
「オレは一旦、フィオを宿に連れ帰るけど、リースたちはどうする?」
リースはユイファンと顔を見合わせた後に、真剣な表情で言った。
「では、フィオちゃんをお願いしてもいいですか? ボクたちはもう少しシエンナさんを探してみます」
「シグルイくんは、自分たちが泊まっている宿の場所は知ってるんスか?」
ユイファンが続けて口を開いた。
廃屋を寝ぐらにしているオレと違って、こいつらは街外れの安宿に滞在している。
「ああ、何度か行ったことがあるから大丈夫だ。宿の部屋で待ってるから、切り上げたら戻ってきてくれ」
フィオを担いだオレは、リースとユイファンに背を向けて歩き出す。
「しぐるい、ごめん」
背中のフィオが弱々しい声で呟いた。
「気にすんなって。オレも正直、人混みは苦手でね。ちょうど休みたかったところだ」
「しぐるいも、人の群れが苦手?」
「あぁ、隅っこで生きてきたからね。どうも周りの視線を気にしちまう」
「フィオとしぐるいは仲間?」
フィオの質問は、同じ人混みが苦手な者同士ということだろうか。
「そう。オレとお前は同類ってやつだ」
「同類」
フィオは納得したのか、満足したのか、それきり口を閉じる。心なしか、オレに抱きつく腕の力が強くなったように感じた。
宿に着くと、2階の端の部屋に入ってベッドの上にフィオを寝かせる。疲れはしたが眠くはないようで、フィオは横になっても目を開けたままだ。
「フィオ、外の世界には慣れてきたか?」
なんだか話したそうにこっちをじっと見てくるので、オレは話題を切り出した。
「うん。少しづつ。外の世界は甘いものが多い」
そういや、こいつはオレが報酬金を酒に突っ込んでいるように、菓子を買っているからな。よほどお気に召したと見える。
「しぐるい」
フィオがオレの名前を呼んだ。
「フィオは、リースと、ユイと、しぐるいと、もっと上手に話したい。だけど、何を言えばいいのかわからない」
どうやら、フィオはオレに悩みを相談しているようだ。
上手に話をする方法なんて、オレが知りたいくらいだ。だが、こいつの場合はもっと根っこのところで戸惑いを感じているんだろうな。
「……そうだな。フィオの場合は、自分の心の声に耳を傾けてみるのがいいんじゃないかね。お前がお菓子を食べたら甘いって思うように、自分が何をした時にどんなことを感じるのかを考えてみれば、自然と言葉が出るようになると、オレは思う」
言葉というのは、突き詰めれば心の揺らめきだ。楽しいのか、悲しいのか、嬉しいのか、辛いのか、大なり小なりの感情の動きが外の世界へ現れるのが言葉なのだ。
フィオは基本的に無表情だが、感情がないわけではない。自分が何を思っているのか、何をしたいのか、まずは自分自身が気がつくことが大切だ。
「フィオは……」
少女はベッドの上で虚空を見つめ、思案しているようだった。
「フィオは、手を繋いでほしい」
「はぇ……⁉︎」
突然言われ、オレは動揺する。
そりゃそうだ、一体誰がオレみたいなやさぐれ無職と手を繋ぎたいなんて思うだろうか。
しかし、見上げてくるフィオの顔が真剣だったので、オレは少しの照れを感じながらベッドに腰掛け少女の手を握った。
「これでいいのか?」
「……うん」
自分から言いだしたくせに、いざ手を繋ぐとフィオは恥ずかしそうに目を背けた。
無言のまま、時間だけが流れていく。なんとも気まずい空気だ。
「そ、そうだ、なんか食いたいもんあるか? 屋台も近くに並んでたし、買ってくるが……」
沈黙に耐えかね質問したが、返事はない。見てみれば、フィオはすうすうと寝息を立てて眠っていた。どうやら手を繋いだことで、安心して眠ってしまったらしい。
なんだ、気まずい空気を感じていたのはオレだけだったのか。
オレはため息をつくと、眠るフィオの頬をそっと撫でた。
「お疲れ様。外の世界にも、少しづつ慣れていけばいいさ。お前の冒険は始まったばかりなんだからな」
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