4-4、一歩を踏み出す勇気があれば
そのままなんとなく時間を過ごしていると、突然部屋の扉が開いた。
「うっス。戻ってきたっスよ〜」
やや掠れた独特の声と共に、道着姿のユイファンが部屋の中に入ってくる。が……ベッドの上でフィオと手を繋いだままのオレの姿を見て顔を引きつらせた。
「おっと……お取り込み中のようだったみたいスね。お邪魔虫は失礼するっス……ええと、ごゆっくり」
「待て待て待て、誤解だ! この状況にはちゃんと経緯があってだな!」
扉を閉じかけたユイファンを、オレは慌てて引き止める。
フィオを起こさないように小さな声で手を繋ぐまでの経緯を説明すると、ユイファンは納得してくれたようだった。
「……まぁ、そういうことにしておきましょう。フィオは男心をくすぐるような、守りたくなる系の子っスからね」
ユイファンは生温かい声で答えた。こいつは本当に納得してくれたのか?
「ところで、シエンナさんは見つかったのか?」
オレは話題を変えるために尋ねた。ユイファンは首を横に振る。
「いや、ダメでした。少し休憩してから別の地区を探そうと、一旦宿に戻ってきたわけっス。フィオの容体も気になるっスからね」
「リースは一緒じゃないのか?」
「リースは別の用事があるみたいで、別れたっス。すぐに戻ってくるとは言ってたっスけどね」
「そうか」
別の用事とはなんだろうか。気にはなるが、詮索はやめておこう。
ユイファンは向かいのベッドに腰掛けると、体を伸ばした。さすがに体力自慢なだけあって、疲れは見せていない。
「ユイファンは、冒険は順調のようだな」
オレが声をかけると、
「そうっスね。今まで自分が一体何を恐れていたんだって思うくらい、順調で、楽しいっス」
だが、いざ一歩を踏み出してみたら恐れていたようなことは起きず、悩んでいたことは杞憂だった。ユイファンに限らず、人生なんてそんなもんだ。
どの世界であれ、大切なのはまず一歩を踏み出すこと。その勇気があれば、どこにだって行ける。
「……あと、自惚れるわけじゃないっスが、自分がしっかりしていないと、この
ユイファンが頰を掻きながら、苦笑した。
確かに、
「まぁ、それもこれも……外の世界に出るきっかけを作ってくれたシグルイくんのおかげっス。だから、とても感謝してます」
「きっかけと言うか、発破をかけただけだけどな。あん時はお前の過去も知らず、めちゃくちゃ言って悪かったな」
オレが謝ると、ユイファンは首を横に振る。
「あんなのめちゃくちゃなうちには入らないっスよ。それよりも、シグルイくんも何か悩みがあったらすぐ相談してくださいね。自分でよければ、なんでも相談に乗るっスよ!」
「悩みねぇ……」
と言われても、特に相談するような悩みはない。いや、本当は共有するべきことはたくさんあるのだろうが、誰であってもオレは他人に過去は明かしたくない。
少し考え、オレはユイファンを少しからかってみることにした。
「そうだなぁー。戦闘の時にお前の胸が揺れて気になるんだが、どうにかできないか?」
「んなぁ⁉︎ 自分の胸っスか⁉︎」
オレが言うと、ユイファンが顔を赤くして飛び上がった。
幼児体型のフィオと発展途上のリースに比べ、ユイファンは発育がとてもよろしい。ゆったりとした道着の上からでもわかる胸は気にならないと言えば嘘になる。悩みというわけではないけどね。
普段冷静なユイファンの慌てた姿が見れただけで良しとしよう。
「なーんて、冗談だよ、じょうだ——」
「そ、そんなに気になるなら……触ってみるっスか?」
笑って流そうとしたところで、ユイファンがとんでもないことを言い出した。
いやいや。
いやいやいやいや、何を言っているんだ、こいつは。
確かに道着の隙間から覗く白いサラシの向こう側を知りたくないかと問われれば、まぁ、一般男性として興味を捨てきれないが、ユイファンは仲間である。オレがここで手を伸ばしてしまえば、なんかこう、信頼関係とか諸々が壊れていくような気がする。
しかし、恥ずかしそうに顔を赤らめながら上目遣いにオレを見るユイファンを前にすると、拒否するのもなんだか悪い気がしてくる。
どうすれば、この場を何事もなく切り抜けられる?
どうすれば——
「あれ、ユイ帰ってきたの?」
その時、寝ていたフィオがむくりと起き上がって、こちらを見てきた。寝返りを打っている間にローブがはだけたのか、白い肩が覗いている。
ユイファンは慌ててオレの前から離れ、元いた向かい側のベッドに戻った。
「そ、そうなんスよ! 自分たちも休憩挟もうかなーなんて思って。フィオは体調大丈夫スか?」
「うん。ちょっと寝たら気分良くなった」
フィオがあくびをしながら、体を伸ばした。
「ユイの顔、赤いけど、外暑かった?」
「え、えーっと、そうっスね、お昼時になってちょっと暑くなってきたっスねっ!」
フィオの何気ない追撃に、ユイファンがしどろもどろになりながら答える。
「しぐるいも、顔赤い?」
しかもその悪意のない攻撃の矛先はオレにも向けられてきた。
「そ、そうだな、部屋の中も暑くなってきたかなっ! 春もうららのなんとやらってね!」
オレも慌てていたせいで、訳の分からないことを口走ってしまった。ちくしょう、恥ずかしくてユイファンと顔が合わせられん。
ああ、さっきからどうしてこんな気まずい空気に耐えなきゃいけないんだ!
「リースは帰ってきてないの?」
フィオの何気ない問いかけに、オレもユイファンも冷静になる。
「……そう言えば、リースの帰りが遅いっスね。すぐに戻るって言ってたんスが」
嫌な予感がこみ上げてきた。
オレは何かを見逃していないか?
そもそもオレたちは、失踪した勇者を探していたんだ。そして、こいつらには知らせていないが、この街では次々と勇者が姿を消しているとベレスは言っていた。この裏には何か良からぬ企みがあるかもしれない、とも。
「あっ……!」
オレはある考えにいたり、小さく声を上げた。
勇者を狙った企み……それはリースも狙われる可能性があるってことじゃないのか?。
「ユイファン……リースとはどこで別れたんだ?」
「えっと……
オレはフィオの手を離して立ち上がると、素早く身支度を整える。
「ユイファン、フィオのことを頼んだ! オレはリースを探してくる!」
答えを聞く前に、オレは部屋を飛び出した。
くそっ……無事でいろよ、リース!
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