4-5、小さな勇者の行方


 オレは通りを駆け抜け、街外れから中央部に近づいていく。


職能アーツ〈翠風旋回〉!」


 風の足場を作り出して宙を蹴ると、屋根の上に着地。高い位置から、リースの姿を探した。

 どうしてオレは、勇者が狙われる事件を聞いてリースの危険に思い至らなかったんだ? 勘が鈍ってたからとか、そんな理由じゃない。

 結局、オレはリースのことを勇者として見ていなかったんだ。


 ずっと、過去の一行パーティにいた勇者の影だけを見てきた。オレはただ、リースにその面影を重ね合わせていただけなんだ。

 もっと正面から向き合わなければいけなかった。あいつ自身のことを、ちゃんと見なければいけなかったんだ。


「リース……!」


 お祭り騒ぎの街を見渡すが、まだその姿を見つけることはできない。屋根から屋根へ飛び移るオレを見て、子供が歓声を上げた。何かの曲芸かと思われているのだろう。


 どこだ? どこに行った?

 小さな勇者はどこに行った……!


 大通りを見て回り、人気の少ない裏路地に入った時だ。オレは、腰に剣を下げた藍色の髪の少女の背中を見つけた。

 あの小動物を思わせる小柄な剣士は間違いない——


「リース!」


 オレが名前を呼ぶと、リースは驚いて体をびくっと震わせた。オレが着地して姿を見せると、さらに驚く。


「シ、シグさん……⁉︎ どうしてここに……」


 どうやら、リースはなんともないようだった。オレは安堵の息をつく。


「よかった……無事だったんだな……!」


 オレは安心した余り、ついリースの小さな体を抱きしめてしまった。


「あ、あの、シグさん⁉︎ ボクは大丈夫だよ! どうしたのさ、急に!」


「悪い……ちょっと心配してたからさ」


 オレは腕を離し、リースから離れる。悪気はなかったとは言え、恥ずかしい行為をしてしまった。

 裏路地に、なんとなく気まずい空気が流れる。うぅ、この空気、今日三度目だぞ……!


「えへへ、心配してくれてたんだ……嬉しいな」


 リースが指をもじもじ動かしながら、呟いた。


「? 心配くらいするだろ、一行パーティを組んでるんだし」


「ううん。今まで、こんなことなかったから……だから、とても嬉しいんだっ」


 リースは自分の過去を語ろうとしないが、とても厳しい家庭環境で育ってきたことはなんとなく察している。その場所では、自分を心配してくれる人はいなかったのだろうか。


「シグさん……嫌じゃなかったら、もう一回ぎゅっとしてくれませんか?」


 リースが目を輝かせながら、言ってきた。

 なんだ、こいつは? まぁ、減るものではないので、オレは再びリースの小さな体を抱きしめてやる。


「えへへへー」


 リースは腕の中で、嬉しそうに声を弾ませた。こんなことでも喜んでくれるなら、悪い気はしない。少しして腕を話すと、なんとも名残惜しそうな顔でオレを見上げてきた。


「それより、お前はこんなところで何してたんだ?」


 尋ねると、リースは痛いところを突かれたように視線を逸らした。なんか、悪いことでも企んでたのか?


「えーっとね……その……実は、シグさんに……」


 何やらリースはぶつぶつと呟いていたが、意を決したのか大きく声を張り上げた。


「シグさんに、贈り物を買ってたんです!」


「オレに……贈り物?」


 予想外の内容に、オレは呆けた声を出す。


「はい! その……ボクの我儘で一緒に冒険に付いてきてもらってから、シグさんには本当にたくさんのものを教えてもらったから……だから、その感謝を込めて、と」


 リースは手に持っていた小さな包みをオレに渡してきた。開けてみると、中から長方形のすべすべした石が出てきた。


「これは……砥石か」


 砥石は刃物の切れ味を保つために研磨するための石だ。剣を扱う者にとっては必需品だが、オレは持っていなかった。しばらく武器を手放していたからな。


「うん! シグさんは短剣ダガーを買ったけど、手入れの道具は持ってなかったんじゃないかと思って。これで武器を大事に扱ってね!」


 リースは我が子を可愛がるかのように剣の手入れを欠かさない。だから、砥石を贈るという発想に至ったのだろう。


「ちょうど欲しかったところだったから助かったよ、リース。だけど、どうして2人に隠れて買い物なんてしてたんだ?」


 一緒に買いに行けばよかったものを、リースはわざわざユイファンと別れて1人で砥石を買いに行った。それはなぜなのか、不思議に思っていた。


「えーっとね……その……」


 リースは恥ずかしそうに俯いた後、顔を上げてオレを見た。表情から、勇気を振り絞っていることが伺える。


「あ、あの……ユイちゃんは大人だし、フィオちゃんも可愛いから、ボクだけその……見劣りするかもだけど……シグさんに、ボクのことをもっと見てほしいなって……なーんて思ったり、思わなかったり」

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