4-2、勇者の失踪


      *  *  *



「じゃーん! 見てください、シグさん。ついにボクも青銅級ブロンズに昇格しましたよ!」


 待ち合わせ場所の広場に行くと、ちょうど組合ギルドから出てきたリースが、自慢げに首に下げた金属製の冒険者証を見せてきた。

 いくつもの依頼クエストを達成した功績が認められ、最下級の銅級カッパーから一つ上の階級に昇格したのだ。


「自分もあと一つか二つ依頼クエストをこなせば、すぐに追いつけるっスよ」


「リースも、ユイも、ずるい。フィオはまだかかる」


 リースに続いて組合ギルドから出てきた格闘士セスタスのユイファンと火霊術士サラマンダーのフィオが、口々に呟いた。2人はまだ駆け出しを示す銅級カッパーだ。


 森を出たフィオが冒険者として登録し、正式にリースの一行パーティに入ってからいくつか依頼クエストをこなした。

 最初は術士を交えた戦闘に戸惑っていたようだが、いくつか助言をするとすぐに順応して一端の一行パーティの戦い方ができるようになった。


 こいつらの実力が上がるにつれて、相対的にオレの出番も少なくなってきた。そろそろ、オレの役目も終わりかもしれないな。

 だが、まぁ、もう少しの間は先輩らしいところを見せてやるか。


鋼鉄級アイアンまではこなした依頼クエストの数が評価の対象だが、それ以上は純粋に実力が審査される。数をこなすだけじゃなくて、自分の腕を磨くことは忘れずにな」


 オレが珍しくいいことを言うと、3人娘は真面目な表情で頷いた。

 鋼鉄級アイアンから上に昇格するためには途端に難易度が跳ね上がるため、『玉鋼級スチールの壁』と冒険者の間では言われている。


 ただ、こいつらの場合は事情が反対だ。実力は十分にあるくせに、経験が伴っていない。


 冒険者になるため、家を飛び出してきたリース

 半亜人である自分と向き合い道場から巣立ったユイファン

 記憶を失って過ごしていた森から外の世界へ歩き始めたフィオ


 3人とも、自分の居場所から出てきたばかりだからな。経験不足は仕方のないことだ。

 だから、もっと広い世界を旅して色々なことを体験してほしい。オレみたいな、過去に囚われた奴は置いてきて。


「すまない、少しいいだろうか」


 オレたちが広場でたむろしていると、話しかけてくる者がいた。

 白のローブに身を包み、飾りの付いた杖を持つ眼鏡の青年だ。見た目から判断すると、術士の冒険者だろうか。


「どうしたんですか?」


 初対面の相手だろうと気さくに話ができるリースが返事をする。


「槍を持った、茶色の髪の女勇者を見かけなかっただろうか? 名前はシエンナと言って、『一輪の紋章』を一つ咲かせている」


 術士の青年は憔悴した様子だった。ずっと人探しを続けているのだろう。


「すごい! 紋章の花を咲かせた方なんですね! シエンナさんはどんな能力を持っているんですか?」


 勇者がその力と覚悟を女神に認められると、『一輪の紋章』の4枚の花弁が順番に色づいていく。そのたびに、勇者は特別な能力が与えられるのだ。

 岩の勇者ベレスが、岩石を操る力を持っているようにな。


「ああ、彼女は風を操る能力を授かっている。一つ花の段階だから、精霊術のように強力とは言えないが。依頼クエストの間や、街の中で彼女を見かけなかったか?」


「うーん……そんな人がいたら、少なくともボクはすぐに気がつくと思うんですが……見ていないですね」


 リースは勇者への憧れが強すぎる熱狂者マニアだ。一つ花の勇者でも、街にいればわかるはずである。


「シエンナさんは、どんな状況で姿を消してしまったんスか?」


 それまで横で話を聞いていたユイファンが、軽く手を挙げ青年に尋ねた。


「僕と彼女はこの街で一緒に育った幼馴染で、聖樹生誕祭ユグドラヴァースに合わせて久しぶりに故郷に帰ってきたんだ」


 おう、のろけ話か?

 そう茶々を入れかけたが、青年の表情が切羽詰まっていそうだったのでやめておいた。無神経なオレだが、それくらいの配慮はある。


「お互い、知り合いに挨拶に回った後に合流しようということで別れたんだが、約束の日になっても彼女は現れなかったんだ。彼女の家族や知り合いにも尋ねて回ったが、シエンナは来ていないと口を揃えていた。僕と別れたすぐ後に、彼女は失踪してしまったんだ」


 勇者の失踪、と聞いて思い出す話があった。

 フィオが仲間になった日の帰りに寄った酒場で、岩の勇者ベレスから聞いた話だ。あいつは「この街で、勇者が次々と謎の失踪を遂げている」と言っていた。

 もしかしたら、この青年の幼馴染だという勇者は、その件に巻き込まれてしまったのかもしれない。


「それじゃあ、ボクたちも街を回ってシエンナさんを探します! 見つけたらこの広場に戻ってきますね!」


 リースが自分の胸を叩いて言うと、青年は申し訳なさそうな顔で頷いた。好意に甘えるのは悪いが、助けは借りたいとの葛藤をしたのだろう。


「すまない、君達も聖樹生誕祭ユグドラヴァースを楽しみたいだろうに……正式な依頼クエストではないが、報酬は払う。力を貸してほしい」


 青年が深く頭を下げると、リースは慌てて言葉を返した。


「そんな……! 報酬なんていらないですよ。これは依頼クエストではなくて、人助けなんですから!」


 そう言って笑いかけるリース。青年も少し安心したのか、笑みを返した。

 なんと言うか、こいつには人の心を動かす才能みたいなものがある。それはきっと、誰かの力になりたいという純粋な気持ちから生まれるのだろう。


 もしもこいつが大きくなったら、“あいつ”みたいな気高く優しい勇者になるのかな。オレはふと、そんなことを考えるのだった。

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