3-10、戦い終わって
オレの中に、ゆっくりと音が戻ってくる。
意識は現役時代の戦場から、静けさを取り戻した森の中に帰ってきた。
目の前に巨人の魔物が倒れている。どうやらオレが倒したらしい。
「〈蒼狼天爪〉、か」
オレは自分の手の中にある
蒼の毛皮を纏った神々しい狼の魔物——
発動条件は“爪”と見なされる武器を装備すること。
とは言え、〈蒼狼天爪〉は使い勝手はいいがそこまで威力が高いわけではない。リースにユイファン、そしてフィオとドアテラさんが弱らせてくれなかったらとどめなんて刺せなかった。
「やったぁあああ! さすがシグさん、かっこいい!」
離れた場所で、リースがぴょんぴょん飛び跳ね喜びを表現している。その隣で、ユイファンが握った拳を笑顔で見せてきた。
やれやれ。
振り返ると、フィオがじっとオレのことを見上げていた。心なしか、顔に感情が宿っているように感じる。
「どうしたんだ、フィオ」
声をかけると、ローブの少女は慌てたように首を横に振った。
「なん、でも、ない」
見たところ怪我はないみたいだし、確かになんでもなさそうだ。
「そうか。ならよか……った……」
言い終わらないうちに、全身から急に力が抜けてオレは倒れてしまった。立ち上がろうとしても、体のどこにも力が入らない。
まずい。さすがに血を流しすぎてしまったようだ。
酒のつまみくらいしか食べない日頃の粗食がたたってしまったか。昔はこれくらいの傷なんて、どうってことなかったのに。
主食は取らないとなあ……そんなことを考えながら、オレは意識を手放した。
どれくらい気を失っていただろうか。
全身を包む柔らかな感触を感じて、オレは目を覚ました。
目を開けたオレの視界に真っ先に飛び込んできたのは、オレの顔を覗き込む赤い瞳だった。
「…………何してんだ、フィオ」
フードを目深に被った銀髪の
「しぐるい、起きた」
「ああ、起きたよ。体起こしたいから、顔をどけてくれ」
「うん」
フィオは素直に体を引いた。
上半身を起こすと、そこは木組みの小屋の中だった。調度品は少なくがらんとしているが、本棚と本はやけに充実している。
オレは小屋の中のベッドで寝ていた。
「ここはどこだ……?」
「おかーさんとフィオの家」
フィオの答えで、オレは自分が置かれている状況を把握した。
どうやら術で治療もしてもらったようで、
ベッドから立ち上がると、フィオの案内で扉から小屋の外に出る。血が足りていないのか多少フラフラするが、歩くだけなら問題ない。
……本音を言えばもう少し寝ていたかったな。
森の中はすっかり夜に包まれていた。開けた場所の中央で、焚き火が明るく燃えている。
「みんな、しぐるい起きた」
フィオが声をかけると、焚き火の周りで何か作業をしていたリースとユイファンが振り返った。
「おお、起きたっスか! 心配してたんスよ〜!」
ユイファンがホッとした表情を浮かべて言った。
夜になったからか、すでに耳と牙が生えた
リースが立ち上がって駆け寄ってきたかと思うと、目の前で急に止まる。
「……シグさん、体はもう大丈夫なんですか?」
「ん? あぁ、治療してくれたおかげでなんともないが」
そう答えると、リースの表情がパッと輝きオレに飛びついてきた。
「よかったぁああああああああ!!!!」
オレは飛び込んできたリースを慌てて抱きかかえる。
いや、待て! 傷は塞がっているけど体は本調子じゃないんだってば!
そう言おうとしたが、リースの本当に嬉しそうな笑顔を見て、少しは我慢してやることにした。
「……お前たちもよく頑張ったな。あの怪物に立ち向かえるなら、立派な冒険者だ」
「えへへー」
なんだか撫でられるのを待つ子犬のような表情だったので、藍色の髪を軽くさすってやると、リースは嬉しそうに目を細めた。
「あれは、何をしているの?」
遠巻きに見ていたフィオが、ユイファンに尋ねる声が聞こえた。
「……懐いているんスよ。リースには、ああやって認めてくれる人が必要なんス」
ユイファンの静かな呟きが、静かな夜の森に流れた。
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