3-11、あれはダメな大人


 パチパチと爆ぜる焚き火を囲みながら、リースたち3人が調理してくれたという野菜とキノコのスープを食べる。


 巨大花の体のドアテラは地中の養分だけで大丈夫らしいが、フィオのために森の日当たりのいい場所で野菜を育てているのだという。

 キャベツにビート、ひよこ豆などの野菜がふんだんに使われ、森の中で採れたキノコ類も入っている。一口食べると、旨味が溶け出したスープが体に染み込んできた。


「塩も常備しているんだな」


 オレはスープに塩味があることに気がつき、尋ねた。森の中ではさすがに塩は作れないだろう。


『ええ。時折ここに訪ねてくる私の知人たちに持ってきていただいているのです。私だけなら平気ですが、フィオには美味しいものを食べさせたいですからね』


 俗世が嫌で森の中に引きこもったドアテラだが、完全に交流を絶っている訳ではないらしい。フィオが多少人に慣れているのも、その人たちと話をしたことがあったからだろう。

 しかし、夜空を背景に咲く巨大な花の姿のドアテラは迫力があるな。


「そう言えば、オレの傷を精霊術で治療してくれたのはドアテラさんだったんだってな。助かったよ」


『いいえ、助けていただいたのはこちらの方です。あなた方がいなければ、私もフィオもあの恐ろしい魔物の手にかかってこの世にはいなかったかもしれません。本当にありがとうございました』


 ドアテラの感謝に、リースが照れ臭そうにはにかむ。こいつはこんな風に正面から感謝されるのは初めてなのかもしれないな。


「それにしても、フィオちゃんの精霊術はすごかったね! ドアテラさんが教えたんですか?」


 リースが尋ねると、ドアテラが肯定するように花弁を傾けた。


『その通りです。この子は火の精霊ととても相性が良かったので、3年間で身に付けてくれました』


「えへん」


 ドアテラさんが根っこを伸ばし、フィオの頭を撫でる。フィオは嬉しそうに表情を緩めた。こうして見ると、本当の親子みたいだ。


「ねぇ、フィオちゃん。さっきユイちゃんとも話し合ったんだけど、よかったらボクたちの一行パーティに入らない? 術士を探していたんだけど、フィオちゃんならピッタリだと思ったんだよ!」


 リースがフィオの顔を覗き込み、笑顔で言った。

 そうか。それは確かにアリな選択肢かもしれない。精霊術士としてのフィオの素質は、多分そこらの冒険者よりもずっと上だ。

 しかも、文字通り火力に優れた火霊術を操るフィオが加入すれば、近接速攻型ばかりが集まった一行パーティの課題をうまく補ってくれるだろう。


 問題は、フィオがどうするかだが……


「フィオが? 外の世界に……?」


 勧誘を受けたフィオは戸惑っているようだった。それもそうか。記憶を失ってから3年間、ずっとこの森の中で過ごしてきたんだからな。


「かく言う自分もつい最近冒険者になったばかりっス。おっかなびっくり外に出たっスけど、なんとかかんとかやれてるっスよ」


 ユイファンが、フィオの不安を和らげるように近しい目線で言葉をかける。こいつもまた、ずっと育ってきた場所から思い切って飛び出してきた1人だからな。

 フィオはリースとユイファンを交互に見た後、助けを求めるようにドアテラさんを見上げた。


「どうしよう? どうしたらいい、おかーさん」


 尋ねられたドアテラさんは、花弁をゆっくりと伸ばしてフィオの顔に近づいた。


『その答えはあなたが決めなさい、フィオ。自分自身の心に問いかけてみるのですよ、あなたが何をしたいのか。あなたが何を求めているのか。大丈夫、森が育てたあなたの心はきっと答えてくれるはずです』


「心、に?」


 フィオは自分の胸に手を当て、目を閉じた。

 少しして目を開けると、なぜかオレの方を見てくる。


「しぐるいは、いるの?」


 なんだ? なんでそんなことを聞くんだ?


「まぁ、いるっちゃいるが……」


 一応、この街に滞在している間は面倒を見てやるという話はリースとしている。こいつらがこの先どうするかは知らないが、今のところは一応オレも一行パーティの一員か。

 答えを聞いたフィオは、リースに向き直って告げた。


「じゃあ、やる。フィオも、一緒に冒険に行く」


 フィオの言葉に、リースとユイファンが跳び上がっって手を打ち合わせた。


「やった、4人目の仲間!」


「しかも待望の術士っスよ!」


 リースは手袋を脱ぐと、『一輪の紋章』が刻まれた右手をフィオに向かって差し出した。フィオは恐る恐るその手を握る。


「これからよろしくね、フィオちゃん!」


「うん……よろしく、リース。それからユイファン」


「ユイでいいっスよ。こちらこそよろしくっス、フィオ!」


 3人娘がきゃっきゃとはしゃいでいるのを、オレとドアテラは輪の外から眺めていた。


『……実は、これまでにも何度か森の外へ出ていくという話はあったのです。あの子は外の世界に興味を示していましたが、その意志を見せることはありませんでした』


「ああ、あんたの知人たちが度々訪ねてきてるって話してたな。今回はなんで決断をしたんだ?」


『あくまでも推測ですが……自分と歳が近い女の子たちがいるというので安心したのと、それから……』


 ドアテラが花弁をオレの方へ向けて言葉を続けた。


『追いかけたい人を見つけたのかもしれませんね』


「追いかけたい人? なんのこっちゃ」


 理由はともあれ、仲間が増えるのはいいことだ。前の一行パーティの時はオレが一番最後の加入だったからな。こういう感覚は初めてだ。


「さて、ワイワイ話して打ち解けるのは若人に任せて、オレは祝杯を上げるとしますかね」


 オレは自分の荷物袋から、葡萄酒を詰めた皮袋を取り出した。前に泊まりになってしまった水源地調査の件があったので、長引きそうな依頼クエストの時には酒を持ってくることにしたのだ。

 ところが、伸びてきた蔦がオレの手から皮袋を奪ってしまう。


「あ、コラ、なにするんだドアテラさん!」


『ダメですよ。傷が塞がったとは言え、体は本調子ではないのです。お酒は控えましょう』


「いやいやいやいや! 控えろって言って控えられるなら、そもそも依頼クエストに持ち込んだりしないって! ないならないでなんとか我慢はできるけど、目の前にしてお預けを食らうのが一番辛いんだぞ! 酒は! 好物を前にして永遠に待てを命じられる犬の気持ちを考えたことがあるか⁉︎」


『それでもダメですよ。体をこれ以上壊したいんですか?』


「体より先に心が壊れちまうって!」


 オレが蔦に持ち上げられた皮袋を奪おうとすると、ドアテラはひょいと蔦を上げてしまう。飛びかかっては持ち上げられ、飛びかかっては持ち上げられ……オレの酒を返せぇぇぇ!


「フィオ、知ってる。あれは、ダメな大人」


「おー、よく知ってるっスねぇ。真似しちゃダメっすよ」


「シグさん……お酒が絡まなければかっこいいのに……」


 3人娘の談笑が聞こえる。

 焚き火の炎が赤々と燃え、森の夜は静かに更けていった。


 酒返せぇぇえええ!

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