3-12、混沌《ケイオス》の欠片
「ふぅ、ようやく寝付いたか」
一人用のベッドの上で仲良く並んで寝息を立てるリース、ユイファン、フィオの3人娘を見て、オレは安堵のため息をついた。
一晩中語り明かそうとしていたようだったが、さすがに今日の戦闘の疲れには勝てず、糸が切れたようにあっという間に寝入ってしまった。
オレは葡萄酒を入れた皮袋をこっそり持ち出すと、小屋の外で栓を開けた。
大人は疲れてても晩酌をしなくちゃ眠ることができないのさ。
『あれほど注意をしたのに手を出すとは、中毒ですか?』
呆れた声が頭上から聞こえてきた。ドアテラさんの赤い花がオレへ向く。
「別にそんなんじゃないさ。ただ、戦いで昂った気持ちを抑えるには酒が一番ってことだよ」
オレは構わず、皮袋に口をつけて傾ける。苦味の強い葡萄酒が心地よく喉を刺激した。
葡萄の産地であるカーマヤオで作られた葡萄酒は、安いものでも質がいい。その辺の店で量り売りしているような安酒が驚くほど美味だったりする。
『……そのままでいいので、私の話を聞いていただけますか』
ドアテラさんが潜めた声を出した。3人娘の前では話しにくい話題だっただろう。
『あの恐ろしい巨人の魔物——
オレは皮袋を口に運びかけ、止めた。沼地の魔物が森にいた理由、それはオレがどれだけ考えても見当も付かなかった謎だ。
『あの魔物の首筋に、魔術の印が刻まれていました。そちらの世界に明るいわけではありませんが、恐らくは生物を意のままに操ることができるという“くくりの魔術”』
「するってぇと、なんだ。
オレの問いかけに、ドアテラさんは花弁を傾け肯定する。
『ええ、そのようです。私はこの通り隠遁の身ですので、人様に恨まれるような心当たりは全くないのですが……』
それはその通りだろう。ならば、黒幕の狙いは私怨ではない別のところにあるはずだ。
森の中に住む
ここのところ、不可解な事象が立て続けに起きている。
魔術を使って
山中で目撃された幻の
そして魔術によって操られ、森を彷徨っていた沼地の魔物。
全く答えが出ないまま、
一体この土地でなにが起きようとしているんだ……?
「……あんたがあいつらの前でその話をしなかったのは、フィオがあんたのことを心配して森を離れなくなるからか?」
『ええ、その通りです。あの子は何かを失うことを極端に恐れています。ご覧になったでしょうが、私がどれだけ言ってもあの子は逃げることをしませんでした。それは一つの危うさなのです』
確かにフィオは決してドアテラさんの傍から離れようとしなかった。失うことを恐れているのは、自分に記憶がないからか、それとも失った記憶に起因しているのか——どっちにしろ面倒そうな匂いがする。
『……娘のことを、どうかよろしくお願いいたします』
「……手の届く範囲でな」
オレは皮袋の底に残った葡萄酒を一気に飲み干す。疲れた体に酒が染み渡り、いい感じに酔いが回った。
今夜はよく眠れそうだ。
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