1-12、決戦の連接棍《フレイル》


 魔喰兵ネクロファジア

 それは討伐した魔物の力を自分のものとする戦職ジョブ


 オレが今さっき使って見せた職能アーツはそれぞれ

 〈銀糸鋼線〉は巨大な蜘蛛の魔物鬼面蜘蛛アラクノフから

 〈翠風旋回〉は風を操る鳥の魔物風巻鳥スピトスから

 〈紅爆結晶〉は鱗が爆発する火山地帯の魔物爆岩蜥蜴ヴォルリザードから手に入れたものだ。


 だが、職能アーツ化できる確率は驚くほど低く、同じ魔物を100匹倒しても身に付けられないことなんてざらにあった。うまく職能アーツを手に入れても、実戦では役に立たないものばかりだった。


 珍しい戦職ジョブだからと興味本位で一行パーティに入れてもらっても、すぐに扱いづらさに気づかれて追い出されるのを繰り返してきた。

 ……思い出したら涙が出てきたわ。


 まぁ、そんな辛い辛い日々を説明したところで、山羊の悪魔バフォメットは耳を貸さないだろうがな。

 結局、他人の苦労を心の底から理解できるやつなんて存在しない。


『珍シイトハ、選バレタトイウコトダロウ……! オレノ戦職ジョブ重装戦士ウォリアーダッタ。何ノ珍シサモナイ、何ノ個性モナイ、ツマラナイ戦職ジョブダ!』


 山羊の悪魔バフォメットが怒りを込めて叫ぶ。

 そういや、あいつは戦棍メイスを手にしていたな。重装戦士ウォリアーだった頃の名残ってところか。


「足りねえモン挙げてたらキリがねえだろ。みんな配られたカードをやりくりして勝負してんだ。むしろ普通の手札が揃っていたことに感謝しやがれ」


『黙レ! 俺ハ俺ヲ否定スル言葉ナド聞カヌ! 全テハ……俺ヲ勇者ニ選バナカッタ神ガ悪イノダァ!』


 〈紅爆結晶〉の直撃を食らったはずの山羊の悪魔バフォメットが無理やり体を動かし、オレに迫ってくる。


 あぁ、そうか。

 こいつは膨れ上がった自意識に飲み込まれちまったんだな。

 挫折の原因が自分にあるとは考えられず、全てを運のせいにした。


 選ばれなかったから


 特別ではなかったから


 だから自分はうまくやれなかったのだと。


 他人への恨みと妬みが、奴を悪魔に変えた。勇者になっただけのガキんちょ相手に嫉妬に狂ってしまうほどに。


「めんどくせぇなぁああ!」


 オレは木から飛び降りると、地面に刺さっていたもう一本の剣を引き抜く。こいつでもう一方の目も潰してやる。


 だが、オレが剣を手に取った瞬間、高速で伸びてきた何かに弾かれ手放してしまった。

 伸びてきたのは山羊の悪魔バフォメットの長い舌だ。しまった……伸縮自在の舌の存在を忘れてた。


『コレデ武器ハナイ! 貴様ハモハヤ俺ヲ傷ツケルコトナドデキン』


 舌を引き戻し、剣を回収した山羊の悪魔バフォメットが笑いながら言った。

 残念ながら、奴の言うことは概ね正しい。オレの職能アーツで最も威力が高いのは〈紅爆結晶〉だ。苦しめることはできても決定打にはなり得ない。


『喜ベ、返シテヤルゾ!』


 山羊の悪魔バフォメットが剣を歯で噛み砕き、残骸を口から飛ばしてきた。

 オレは〈翠風旋回〉で宙を蹴り、残骸の弾幕の外へ出る。

 だが、その判断は裏目に出た。


『死ネ、無職』


 回避した場所へ、山羊の悪魔バフォメットが先回りしていたのだ。巨大な腕と鋭利な爪がオレに迫る。

 今の体勢じゃ〈翠風旋回〉は使えない。〈銀糸鋼線〉の移動も間に合わない。だったらできることは一つだ。


「〈紅爆結晶〉!」


 手の中で精製した結晶を、ありったけ山羊の悪魔バフォメットの手へ投げつける。同時にオレは両手を体の前で交差させて身を守る。

 小爆発が起きた。衝撃で山羊の悪魔バフォメットの腕が逸れ、間近にいたオレも吹き飛ばされる。


「痛ってぇ……!」


 地面に転がったオレは、咳き込みながら立ち上がる。痛いのは久しぶりだ。無職になってからの3年間、オレはこの感覚から逃げていた。

 痛いのは嫌だ。誰だって嫌だ。

 だが、痛みに向き合わなければならない時はたまにある。多分今が、その時だ。

 山羊の悪魔バフォメットは煙が昇る自分の手を見つめ、ニタリと笑う。


『コノ程度カ。ヤハリ武器モナイ貴様デハ俺ヲ傷付ケルコトハデキンラシイナ。終ワリダ。ジワジワト殺シテヤル』


 羨んだり、見下したり、感情の変化が忙しいな、こいつ。


「……武器がない、か。あんたは自分が何を持っていたかなんて、忘れちまったみたいだな」


『ナニ?』


 オレの言葉に眉を顰める山羊の悪魔バフォメット。そこへ鋭い声が飛ぶ。


「一瞬二斬〈燕斬り〉!」


 山羊の悪魔バフォメットが背中に2発の斬撃を受け、痛みで呻いた。


『オノレ、勇者ァ……!』


「ボクを忘れてもらっちゃ困るよ!」


 リースだ。

 小さな女勇者が残る力を振り絞って背後から不意を打ったのだ。

 あれだけコテンパンにやられて、それでも立ち向かう体力と気力があったことには驚いた。もしかしたらあいつは、本物の勇者になれるかもしれない。


 さて、総仕上げといこうか。

 オレは山羊の悪魔バフォメットがリースに気を取られている間に“ある物”を〈銀糸鋼線〉で回収した。

 それは——悪魔と化してしまった男が、冒険者時代に握っていた金属製の戦棍メイスだ。


『キ、貴様、ソレハ俺ノ武器……!』


「そうさ。お前が捨てちまったってなら、せいぜい有効活用させてもらうぜ」


 〈銀糸鋼線〉の先に巻きつけた戦棍メイスを頭上で回転させ、威力と速度を上げていく。

 過剰に遠心力が加わった鉄の塊は、文字通りえげつない威力を叩き出す——!


「銀糸操術〈連接棍フレイル〉!」


 横からぶつけた戦棍メイスの先端が山羊の悪魔バフォメットの角を粉砕し、頭部にめり込む。

 流星のごとき一撃を受け、山羊の悪魔バフォメットは膝から崩れ落ち、地面に倒れた。


「……もし、あんたが仲間を、それから冒険者であることを捨ててなかったら、今立っていたのはあんたかもしれねえな」


 オレはうつ伏せに倒れて動かない山羊の悪魔バフォメットを見下ろしながら告げる。


「まぁ、無職オレが言っても説得力はねえか」

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