1-11、女神の失敗作

 

『ヌゴォオオオオオオオオ!!!!』


 山羊の悪魔バフォメットが雄叫びを上げ、力任せに腕を振るってくる。太い木が小枝のようにへし折られ、風を切って飛んできた。

 オレは転がって回避すると、追撃してきた山羊の悪魔バフォメットへ〈銀糸鋼線〉で編んだ網を投げかける。


「銀糸操術〈投網キャスト〉」


 即席で作った目の荒い網が、山羊の悪魔バフォメットの体を捉える。だが、奴は少し暴れるとあっさり網を破ってしまった。

 これでいい。目的は奴の動きを少しでも止めることだ。

 その間にオレは地面に落ちていたごろつきの剣を回収する。


『ソンナナマクラノ刃デ俺ヲ斬レルト思ウナヨ!』


「へっ、どうだかな! だったらこいつを受けてみな!」


 オレは拾ったばかりの剣を力いっぱいぶん投げた。山羊の悪魔バフォメットは蝿を払うように、飛んできた剣を払いのける。


 だが、そいつは悪手だ。

 オレは剣に纏わり付かせていた〈銀糸鋼線〉を操作して、無理やり軌道を変える。剣の切っ先が向かうのは……奴の赤い目だ!


『グォオオオオオオオオオオ!!!!』


 刃が左目に突き刺さり、山羊の悪魔バフォメットは痛みの叫び声を上げる。剣の動きの変化は予想していなかったのだろう。

 山羊の悪魔バフォメットは左目に刺さった剣を引き抜くと、その手で握りつぶした。目のあった場所から、黒い煙が吹き上がる。


「その傷で死なねえってことは、本格的に人間辞めちまったらしいな。もう引き返せないぞ?」


『知ッタコトカ! 俺ハ欲シテイタ力ヲ手ニ入レタノダ! 俺ヲ見下シタ者ヲ、俺ヲ選バナカッタ者ヘ復讐スル力ヲ! 後悔ナド微塵モアルハズガナイ!』


 山羊の悪魔バフォメットは手近にあった木を幹からへし折ると、そいつを無造作にぶん投げてきた。

 オレは横に跳んで回避すると、伸ばした〈銀糸鋼線〉を木の枝に引っ掛けて振り子のように移動する。


 飛来した木がさっきまでオレが立っていた場所に勢いよく突き刺さり、地面を抉った。

 危ねえ危ねえ。あんなのをまともに食らったら、若干栄養失調気味のオレの体じゃ一撃で天国行きだ。


『逃ガシハセンゾ!』


 木にぶら下がるオレを目掛け、片目が潰れた山羊の悪魔バフォメットが追撃をかけてくる。

 オレは〈銀糸鋼線〉を解除した。体が宙を落下する。悪魔が口の端を歪めて笑う。オレが宙では身動きが取れないと思っているからだろう。

 だが残念! 吹けば飛ぶようなオレの体は、本当に吹けば飛ぶのさ。


職能アーツ〈翠風旋回〉」


 薄緑色に染まった風が生まれ、オレの体を枯れ葉のようにさらっていく。

 山羊の悪魔バフォメットが振るった腕が空を切る。その頃、風の職能アーツで空中を移動したオレは奴の頭上にいた。


 空中を移動できると言っても、一歩か二歩の高速移動だ。自由に動けるわけじゃない。扱いは難しいし、一歩踏み間違えれば制御を失い放り出されてしまう。それがオレの〈翠風旋回〉。できれば頼りたくない技だ。


 結局のところ、オレの体に残った職能アーツの中で信用できるのは〈銀糸鋼線〉だけだ。今から使う職能アーツだって、正直頼りにはならない。


職能アーツ〈紅爆結晶〉」


 オレは手の中に生まれた小石ほどの赤い結晶をいくつか、頭上から山羊の悪魔バフォメットへばら撒く。

 結晶は悪魔の体に当たる直前に赤く発光。次の瞬間、透き通った破裂音と共に結晶が小爆発を起こした。


『グガァアアアアアアアア!』


 山羊の悪魔バフォメットが叫び声を上げ、爆発の直撃を受けた頭を抱える。


 だが、生きている。

 〈紅爆結晶〉はよほど弱っていなけりゃ敵を仕留められるほどの威力はない。その本分は音と煙で相手を翻弄することにある。

 耳元で炸裂を食らった山羊の悪魔バフォメットはほとんど傷を負っていないのに苦しんでいる。音に体の中をかき回されたんだろう。


『ヌ、ヌググゥ……! 糸ニ、風ニ、爆発……貴様ハ余程強力ナ戦職ジョブニ恵マレタラシイナ……! 貴様モタダ選バレタダケノ思イ上ガリダッタトイウコトカ!』


 苦しむ山羊の悪魔バフォメットが赤い眼光を憎しみと共にオレに向けてくる。

 確かに女神イサナから贈られる戦職ジョブには人によって適正がある。強い戦職ジョブへの適正があったというだけで名のある冒険者になったというのもよく聞く話だ。


 だが、残念ながらその話はオレには当てはまらない。

 オレは木の枝の上に立つと、山羊の悪魔バフォメットを見下ろしながら告げる


「別にオレの元戦職ジョブは珍しいってだけで、羨ましがるようなもんではなかったさ。事実、ずっと落ちこぼれ扱いされてきたしな」


 役立たず


 存在意義がわからない


 女神イサナの失敗作


 駆け出しの頃は散々な言われようだったのを覚えている。オレもずっとそう思っていた……仲間たちに出会う時までは。

 オレの戦職ジョブは——


「オレの元戦職ジョブ魔喰兵ネクロファジア。仕留めた魔物の特性をごく稀に職能アーツに変えるだけの力だよ」

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