1-13、それは青き春の光か
勝敗は決した。
だが、やらやきゃなんねえことはまだある。
オレは万が一のために〈銀糸鋼線〉で
「一つ聞きたいことがある。お前に魔術を教えたのは、一体どこのどいつだ?」
オレが尋ねると、
『……ソンナコトヲ俺ガ話ストデモ思ッタノカ? 誰ガ貴様ノ頼ミナド聞クモノカ』
鼻で笑われたが、少なくとも否定はしなかった。
やはりこいつの裏には黒幕がいる。こいつの歪んだ心に漬け込んで、魔術を教えたやつが。
恐らくは、混沌の神の勢力。その配下の者による裏工作だろう。
「オレはお前の意地じゃなくて、良心に聞いているんだよ。お前の中にもし、冒険者だった頃の思いが残ってるなら、街に潜む混沌の勢力の正体を話すんだ」
オレは柔らかく尋ねたつもりだったが、何が面白かったのか
『混沌? 混沌ノ勢力ダト? 笑ワセルナ! ナラバ勇者ヲ憎ム俺ハ最初カラ混沌ノ勢力ダッタノカ? 違ウ。俺ハ人間ダ。混沌ハ人ノ心ノ中ニ巣食ウノダ!』
『勇者』
迫る
『勇者……!』
オレはその行為を止めることなく、ただ見ていた。なぜなら——悪魔の命はとっくに尽きていたからだ。
『勇者、勇者、勇者ァアアアア!!!!』
伸ばした腕の先から、黒い塵となって崩れていく。体を保つだけの力が完全になくなったのだ。やがて
怨嗟の声だけが、残響となって木々の間にこだました。
リースは呆然と、宙に浮かぶ黒い塵を眺めていた。
「……ボクが、悪いのでしょうか」
呟いたリースの目から、涙が自然に溢れる。
「ボクが、勇者に選ばれなければ、この人は悪魔になることもなく、仲間の人も死ぬことはなかったのでしょうか」
オレはリースの頭に軽く手を置いた。
「違う。お前は悪くない。全然悪くない。悪いのはこいつと、それからこいつを唆して魔術を与えたやつだ。何度でも言うがお前は悪くない、一から、十まで、完全に」
だが、こう言ったところでこいつはすぐに受け入れないだろう。
悪魔の鉤爪は、確実にリースの心に傷をつけた。
オレみたいに無駄に歳を重ねたやつと違って、ガキの心は脆くて柔らかい。つけられた傷が、そのまま跡になって残ってしまう。
少し考えた後、オレはしゃがんでリースと目線の高さを合わせた。
「これは人から聞いた言葉だけど……勇者になるっていうのは特別な力を授かることじゃなくて、厳しい試練を与えられることなんだとよ」
そう言葉をかけると、リースははっと顔を上げた。
「華々しい結果だけを見て妬むやつもいるが、それは勇者が受けた試練を見てないだけだ。紋章の花を咲かせる前に散っていっちまった勇者たちを、オレは何人も見てきた」
「勇者なんて目立つことをやっていれば、今みたいに疎まれて、妬まれて、心ない言葉をぶつけられることもある。だけど、そいつもまた試練の一つなんだ。それでもお前はまだ、勇者であることを選び続けるか?」
そう尋ねると、リースは涙を拭いてオレの目を正面から見てきた。
「ボクは……まだこの道を歩き始めたばかりです。ボクは力も、精神も弱くて、いきなりつまづいてしまっているけれど、それでもボクは諦めたくない。だって、だって……」
少女勇者の翡翠色の瞳に、輝きが灯った。
「憧れた人になりたいって、夢見た自分になりたいって、心がずっと叫んでいるから!」
オレは危うくリースの瞳から目を逸らしかけてしまった。
あまりにもその瞳の輝きが眩しかったからだ。
オレが失ってしまった、未来を信じる心——青き春の光。
だが、その純粋さは危うさを秘めているようにも感じる。自分の命を狙ってきた相手にさえも、同情して傷ついてしまったように。
影だ。
この少女には影が必要だ。
前だけを見て歩いていけるよう、背中で汚れ役を引き受ける暗い影が。
もしかしたらそれは、自分に残された最後の役割なのかもしれない。
何も守れず、何も救えなかった、惨めな男の、最後の——
「……そう言えるなら、まだまだ大丈夫そうだな。疲れたし、さっさと引き上げるか。
「はい!」
オレが立ち上がりながら言うと、リースは元気よく返事をした。
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