3-8、火霊術士《サラマンダー》

「硬ったーい! 全然手応えがなかったよ。最近、刃が通らない魔物ばかりが相手で嫌になっちゃうなー」


 職能アーツ〈戦刃加速〉の青白い光を剣に纏わせたリースが、痺れた手を振りながら呟いた。


「鉄を殴ったみたいで、自分も跳ね返されちまったっス。痛てててて」


 ユイファンも〈鉄拳神鋼〉を纏わせた拳を痛そうにさする。今の段階では針鎧巨人グレンデルの鎧には歯が立たないみたいだな。

 あの鎧を引き剥がすにはどうしたらいいものか……確か弱点があったはずだが、遠い過去のことなのでイマイチ覚えていない。


 針鎧巨人グレンデルがオレの糸を引きちぎり、再び行動を始めた。この階級の魔物が相手になると、即興で作った〈銀糸鋼線〉じゃ時間稼ぎにしかならないな。

 針鎧巨人グレンデルの目がドアテラから初めてオレたちに向けられた。どうやら邪魔臭いハエ程度には認識されたようだ。


『ガグアァアアアアア!』


 唸り声をあげ、巨人は樹木を引き抜きそれを棍棒代わりにした。即席の棍棒を薙ぎ払うように振るう。リースとユイファンは慌てて距離を取った。


『おのれ! 森を傷つけるとは許せません。一本の木にどれほどの歴史が刻まれているか、その重みを思い知れ!』


 ドアテラの花の周囲から2本の太い蔓が生えてきた。

 2本の蔓は鞭のようにしなり、針鎧巨人グレンデルの体を打ち据える。巨人は多少後退したが、それでも傷を受けることはなかった。


 なんとかあの棘の鎧をひっぺがすことができれば戦局は変わるはず。だが裏を返せば、それができなきゃジリ貧ってことだ!


『顕現せよ、土霊術〈岩ノ砲〉』


 ドアテラの正面で小石が宙に浮き、回転するごとに大きくなっていく。砲弾ほどの大きさになった岩石が勢いよく発射され、針鎧巨人グレンデルに直撃する。

 その威力はまさに大砲。針鎧巨人グレンデルは体を大きく仰け反らせる。だが、ドアテラの精霊術すらも決定打にはならなかった。巨人は何事もなかったかのように再び歩き始める。


 まずい……もうすぐ針鎧巨人グレンデルはドアテラの花のもとに到達してしまう。速攻型のリースとユイファンや支援特化のオレでは、あの手の硬いデカブツは苦手な相手だ。

 火力だ。

 火力があれば——


「顕現せよ、火霊術〈炎ノ砲〉」


 打開策はないかと思案を巡らせていると、オレの真横を火球が通り過ぎていった。

 火球が直撃すると、針鎧巨人グレンデルが初めて苦しそうな呻き声を上げる。着弾箇所から棘の鎧が落ちて、黒い煙が上がる。

 その光景を見て、オレの脳裏にある記憶が蘇った。


「そうだ……! 沼地の巨人は炎が弱点なんだ。あの棘の鎧は炎で簡単に引き剥がせるぞ!」


 昔戦った時は、“力ある言葉”を操る刻印術士ルーンマスターの仲間が炎の術で倒したんだっけか。


 だが、一体誰が炎の精霊術を使ったんだ?

 振り返ると、杖を掲げたフィオが針鎧巨人グレンデルへ鋭い視線を向けていた。


「おかーさんには、触れさせない。フィオも戦う……!」


 そうか。

 怪異騒ぎをでっち上げる時に火の玉を操ってたこいつは、火の精霊術を扱う術士——火霊術士サラマンダーだったな。

 有効打があるなら話は別だ。ジリ貧だった状況も、たやすく裏返る。


「聞いてくれ! この怪物には、炎の術が有効だ! フィオの精霊術を中心に戦略を組み立てるぞ。フィオはとにかく術を当てることを考えてくれ。オレとドアテラさんで援護する! リースとユイファンは鎧が砕けた部位を狙って、一撃離脱ヒットアンドアウェイを繰り返してくれ。注意を逸らしてもらえればいい」


 オレが声を張ると、真っ先にリースとユイファンが頷いた。


「りょーかいだよ、シグさん!」


「がってんス!」


『まさかフィオに助けられる日が来るとは……人生、何が起きるかわかりませんね』


 ドアテラの言葉に「人生ではなく花生じゃないの?」と突っ込みかけたが、やめておいた。


「大役だぞ。できるか、ガキんちょ」


 オレはフィオの背中を軽く叩く。フィオは少しムッとした表情を浮かべた。


「ガキんちょじゃない。フィオはフィオ。縛るのが好きな人は失礼」


「オレも縛るのが好きな人じゃなくて、シグルイって名前があるんだ。よろしくな」


「しぐるい」


 微妙に発音が変だがよしとしよう。


「フィオ……大役とは言ったが、気負う必要はねえ。ドアテラさんの精霊術ならお前を守ってくれるだろうし、頼りないがオレもいる。お前は術に集中すれば大丈夫だ」


「やってみる」


 フィオが小さく頷き、杖をぎゅっと握った。

 傷をつけられた針鎧巨人グレンデルが怒りの咆哮を上げる。身体中がビリビリと震えたが、恐怖は感じない。むしろ心地よくすらある。


 さぁ、反撃開始といこうか。

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