3-7、針鎧巨人《グレンデル》
「ある恐ろしい魔物?」
ドアテラの言葉に、オレは聞き返す。
『その通りです。今からひと月ほど前のことでしょうか……この森に巨人の魔物が現れたのです。体躯は常人の3倍はあり、身体中に鋭いトゲが生えていました』
「トゲの生えた巨人の魔物? だったら
『申し訳ありません。魔物には疎いもので、詳しくはご説明ができません。実際に見て確認していただくと確実かもしれませんが……』
実際に見るだなんて冗談じゃない。
「あ……! もしかして、ドアテラさんたちは森の道を通る人がその魔物に出くわさないように、入り口のあたりで引き返させるようにしていたんスか?」
ユイファンが手を挙げて考察を話した。
『その通りです。怪異を引き起こせば、冒険者の方たちが調査に来る。そうなれば被害が抑えられると判断をしました』
なるほど。旅人を遠ざけ冒険者を呼ぶことによって、被害を出さないようにしながら魔物の存在を明るみにすることができるのか。
森の道を通った商人が次々と行方不明になるだとか、そんな事件があればいずれ魔物の存在が明るみに出るだろうが、そこに至るまでに犠牲者が出るのは避けられない。
「だったらオレたちがやることは一つだな。さっさと街に戻って、
ちょうど今が
二つ名勇者のあいつにかかれば、3級程度の魔物はすぐに倒せるはずだ。
『差し出がましいですが、お願いがあります。街に戻るのなら、フィオを一緒に連れて行ってはいただけないでしょうか? あなた方なら信頼できると、そう感じています』
ドアテラがそう頼んできたが、いまいち意図がわからない。何か買い物でもあるのか? それともずっと森の中に住んでいるフィオに外の世界を見せたいのか?
「嫌だ」
オレが答える前に、ドアテラの言葉を拒否する声があった。
フィオだった。
「フィオは、おかーさんと一緒にいる。おかーさんだけを危ない目にあわせたくない」
たどたどしく言葉を紡ぐフィオの顔は真剣だった。表情は変わらないが、そこに確かな意思が感じられる。
「ドアテラさんだけを危ない目に遭わせたくないって……何か事情があるんですか?」
リースがオレも聴きたかったことを、先に尋ねてくれた。
少し間を置いて、ドアテラが伝えにくそうに答えた。
『……どうやら、巨人の魔物は私を探しているようなのです。なぜだか理由はわかりません。ですが、森の中を徘徊して、着実に私がいるこの場所に近づいてきている』
「ドアテラさんが魔物に狙われているんですか⁉︎」
リースが驚きの声を上げる。
だからオレたちを導くために使った光の花は、すぐに消えてしまっていたのか。万が一でも魔物に場所を悟られないように。
だが、ドアテラが魔物に狙われているとしたらその理由はなんなんだろうな。口ぶりからすると、ドアテラ自身も心当たりがないようだった。
『もはや時間はありません。近いうちに……もしかしたら明日にでも魔物はこの場所へやって来るかもしれません。あなたたちが今日ここへ来てくれたのは幸運でした』
その時だ。オレの耳は、少し離れた場所で何かが倒れる音を聞いた。
ドアテラは、魔物がこの場所に来るのはもしかしたら明日かもしれないと言った。だが——そいつはもっと早まりそうだ。
『グルガァアアアアアアアアア!!!!』
野太い叫び声が響き渡り、衝撃で森の木々が激しく揺れる。
茂みを踏み潰し、木をへし折り、現れたのは巨人の姿だった。
ドアテラが言っていた通り、体躯はオレの3倍はある。全身に鋭い針か棘のようなものが生え、まるで鎧のごとく体を覆っている。
体色は沼地のように濁った灰色。口には太い牙が生え、臭そうな息を吐き出している。
一度戦ったことがあるから間違いない。こいつは
だが、沼地にいるはずの魔物がなぜここに——?
『私があの魔物を足止めします! これでも
「やだ! フィオも残る。おかーさんを1人にさせない」
フィオは首を振り、ドアテラの幹に抱きつく。
「おかーさんと、この森が、フィオの全部。何もないフィオの、大切なもの。だから一緒にいる。一緒にいたい!」
『フィオ……』
そうか。記憶をなくして森に迷い込んだこいつにとっては、この場所と、ドアテラが世界の全てなのか。
狭い世界だ、なんて笑う気はない。大切なものに広いも狭いも、大きいも小さいもない。
『ガァアアアアアアア!』
「一瞬二斬『燕斬り』!」
「瞬撃『迅風牙』!」
ほぼ同時の瞬間に、
構わず前に出ようとする
リースとユイファンは何が起きたか理解しているようだった。まぁ、何度も見せてるしなあ。
「銀糸操術〈
『あなたたち……どうして……』
ドアテラが困惑したような声を出す。
そりゃわからないよなあ。別にここから先は
「知らん。あの2人に聞いてくれ。まぁ、何か感じることでもあったんじゃないかね。オレはとっとと逃げたいんだけどよ」
オレはドアテラたちに背を向け、自分の潤んだ目を見せないようにする。
そう、リースとも話をしたことだが、人には感動のツボというものがある。
実はオレは——親子愛ものにとても弱い。親子の別れの場面とか、親を探して旅立つ子供とか、戯曲や芝居にそんな展開があるだけで涙腺が緩む。
例えその関係が、巨大な花と記憶喪失の女の子っていう不思議な親子だったとしてもな。
面倒くさがりなオレだけど、ちったあやる気を出してやろうかね。
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