3-4、鬼火《ウィルオウィスプ》?


 外からでは森の内部は暗そうに見えたが、中は意外にも葉の隙間から太陽光が差し込んで柔らかな光に包まれていた。

 なんだ、これなら話にあった人魂が出たとしても恐くもなんともないじゃないか……そう思っていたのも束の間、歩を進めて行くごとに木々は空を覆うようになり闇が濃さを増していく。


 やがて、周囲は夜と間違えるような暗さにまで変わっていった。


「なんだか……雰囲気が出てきたっスね」


 さっきまでほとんど動じていなかったユイファンが息を呑む。文字通り、何が出てきてもおかしくない。

 落ち葉を踏む足音がやけに不気味に響いて聞こえる。


「わかった……きっと、この暗い森に迷い込んで亡くなった旅人の魂が、仲間を求めてさまよっているんだ……! そして人魂になってしまったら、永遠にこの森の中に閉じ込められるんだ……!」


 オレの背中ではリースが勝手に恐い話を作って語り、自分の話でさらにビビっていた。

 そういえば、想像力が豊かなやつは恐怖を感じやすいってどっかで聞いたことあるな。リースは英雄譚とか物語が好きらしいし、そういう理由なんだろう。


「リース、もしかしたら振り返ったら人魂が浮かんでるかもしれないぞ」


 オレはちょっとしたいたずら心で、リースをからかった。抗議するように、リースがオレの背中を軽く叩いてくる。


「もう! 恐がらせないでよシグさん! そんなことあるわけ……」


 リースの足が急に止まり、オレもつられて立ち止まった。


「おい、どうしたんだよリース。急に止まると危ないだろ」


 呼びかけても返事がないので後ろを向くと、オレは見てしまった——森の木々の間を彷徨う火の玉を!


 火の玉は人の頭くらいの大きさだ。宙に浮きながら、ふらふらと無軌道に揺れている。

 背中に張り付いているリースを見ると、まるで魂が抜けたように口を開けて放心状態になっていた。

 まさか、あの火の玉に何かされたのか……⁉︎


「ユイファン! 例の火の玉が出たぞ。リースが気を失ってる。任せてもいいか?」


 先頭を歩いていたユイファンを呼ぶと、格闘士セスタスの少女は振り返ってギョッと顔を引きつらせた。


「うわわ、マジじゃないスか! リースは任せてください。シグルイくんはどうするんスか?」


「あいつが鬼火ウィルオウィスプなら、今までにも戦ったことがある。やる気を出すわけじゃないが、経験あるやつがやった方が早いだろ」


 火の玉の魔物鬼火ウィルオウィスプは、一見実体がないように見えるのだが、中心に小さな核があり、そこを正確に攻撃することで討伐することができる。

 本当はこいつらに経験を積ませたいのだが、リースがこの状態では一刻も早く討伐することが先決だ。

 オレは気を失ったリースを抱えると、ユイファンに預けた。右の腰に下げた短剣ダガーを引き抜き、宙を動く火の玉に向けて駆け出す。


 オレの短剣ダガーを扱う戦型スタイルは“逆手持ち”だ。

 抜剣納剣を素早く行えるし、敵の攻撃を受けるのに使いやすい。射程リーチがさらに短くなるが、オレの武器は短剣ダガーだけじゃない。いくらでも補える。

 オレは逆手に持った短剣ダガーで、火の玉の中心を正確に斬る。


「! 消えねぇ……!」


 鬼火ウィルオウィスプならば今の一撃で消滅するはずだが、火の玉は一瞬揺れただけだ。狙いを外しちまったのか?

 反撃に備えたが、火の玉は無軌道に浮いているだけだ。

 もう一回斬ろうと短剣ダガーを構えた時、不意に謎の声が響いてきた。


『タチサレ、タチサレ……』


 これが報告にあった不気味な声ってやつか。

 だが残念だったな。『タチサレ』と言われてはいそうですかと立ち去るような素直な性格はしてねえ。


 試せることは試せるだけ試す。

 冒険者としては落ちこぼれたオレだけど、その姿勢くらいは見させてもらおうか。


職能アーツ〈緑風旋回〉!」


 オレは自由な左手を前にかざし、風の職能アーツを発動させる。いつもは空中に足場を作るために使用しているが、純粋に風を起こす方法でも使うことができる。戦いの中ではせいぜい小鬼ゴブリンに尻餅をつかせるぐらいしかできないがな。


 風を受けて、火の玉が搔き消える。鬼火ウィルオウィスプは核が無事ならば何度でも炎が再生する。それがないってことは、正体は魔物じゃない!


 火の玉が消えた直後、オレは周囲に視線を走らせた。オレの直感が正しければ、火の玉の正体はだ。ならば、こいつを発生させてるやつがどこかにいる。

 炎やら水やら大地やら、世界を構成する目に見えない意志を精霊と呼ぶらしい。そいつらの力を借りて超常の現象を引き起こすのが精霊術という。


 生命を代償に行使する魔術と違って、秩序の女神イサナが認める力でもあり冒険者の中には精霊術を扱うやつも多い。まぁ、適正がないと使えないという点では戦職クラスと似たようなもんだがな。


「そこか……!」


 新たに火の玉が発生した場所へ、オレは茂みをかき分け一直線に突き進む。

 誰だか知らんが、こんな陰湿なイタズラを仕掛けてくるやつには仕置きをくれてやる。


 茂みの葉を手で乱雑に払うと、そこに隠れていたのは小さな人影だった。


 真紅の瞳と——目と目が合う。


「へ……ガキんちょ……?」


 黒いフードを目深に被った銀色の髪の少女が、不思議そうに首を傾げてオレを見上げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る