3-5、見てはならぬもの


 なんなんだこいつは……⁉︎

 予想していなかった展開に、オレは短剣ダガーを構えたままその場で固まる。


 見たところ、歳はリースとあまり変わらないくらいだろうか。表情がほとんど変わらず、なんだか儚げな印象を受ける少女だ。黒のローブに頭まですっぽりと包まれ、フードの隙間から銀色の髪が覗く。


 少女は立ち上がると、白い布を巻いた木製の杖を両手で持ち直し、観察するようにじっとオレを見てきた。


「う、動くな! お前が火の玉を作っていた精霊術士だな。狙いは分からねぇが、妙な動きをしたらすぐにお前を拘束させてもらうぞ」


 精霊術士が術を安定させるために持つ杖を所持していることから、こいつが火の玉を生み出していた犯人なのは間違いない。

 少女が口を開き、声を発した。


「動くと、どうなるの?」


 感情がこもっていない抑揚のない声だった。動く人形を相手にしているかのような気分だ。

 先ほど少女が生み出した火の玉が戻ってきて、周囲を漂い始めた。オレは反射的に左手から伸ばしていた〈銀糸鋼線〉を引く。


 オレは短剣ダガーを構えながら、こっそりと〈銀糸鋼線〉を這わせていたのだ。糸が伸びる先は太い木の枝、そして少女の足だ。

 オレが糸を引くと、少女は逆さになり木の枝に宙吊りになる。


「悪く思うなよ! 少しの間、拘束させてもら……」


 その時、オレは見てしまった——宙吊りになったことでローブがめくれ、露わになった華奢な足と白の下着を!


「あなたは、こうするのが好きなの?」


 少女は恥ずかしがる素振りも見せずに、逆さに吊られたまま無表情で話す。


「い、いや、そういうわけじゃなくて……!」


 全く意図せず少女のあられもない姿を見てしまったオレは、気が動転して〈銀糸鋼線〉を解除してしまう。

 宙吊りになっていた少女は宙に放り出され、頭から地面に落ちてしまった。


「しまった……! 大丈夫か⁉︎」


 慌てて駆け寄ると、少女は気を失っていた。大した高さではなかったが、頭から落ちたのがよくなかったようだ。

 うん……なんだか、申し訳ないことをしてしまった。


「どうしたんスか、シグルイくん!」


 オレの声を聞きつけたユイファンが、茂みをかき分け駆け寄ってきた。

 だが、ローブが微妙にはだけたまま地面に横たわる少女を見て、疑いの視線をオレに向けてくる。


「……これは本当にどういうことっスか。説明してほしいっス」


「いや、違うんだ! オレがこの子を逆さにして木に吊り上げたら、ローブがはだけてなんか色々見えてしまって、慌てて地面に落としてしまっただけで!」


「一から十まであんたが悪いんじゃないスか⁉︎」


 ごもっともである。


「どうしたの? 何かあったの?」


 ユイファンに続いて、リースがこの場へやってきた。元気そうな姿を見て、ホッとする。


「お前こそ、なんともなかったんだな、リース」


「いやー、振り向いたらすぐ目の前に人魂がいて、驚きすぎて一瞬意識が遠のいちゃったんだよね。体はなんともないよ!」


 そう言って、リースはぴょんぴょんその場で跳びはねる。

 よかった。人魂に魂を奪われたわけじゃなかったんだな。


 ってことは、こいつがやったことは精霊術で火の玉を作ってオレたちを驚かせただけで、決して危害を与えようとはしなかったのか。

 だが、だからこそ疑問が残る。なぜこの精霊術士のガキんちょは、こんな芝居を打って怪異をでっちあげようとしたのか。


『聞こえますか、冒険者様。どうか驚かずに、私の話に耳を貸してはいただけないでしょうか』


 突然、森の中に謎の声が響いた。『タチサレ』という声が聞こえてきた時と同じ現象だ。


「……聞こえているぞ。あんたはこの子の仲間か?」


『その通りです。あなた方には全てをお話しいたします。申し訳ありませんが、その子を私のもとまで運んではいただけないでしょうか? ある事情から、私はこの場から動くことができない体なのです』


 罠の可能性も考えたが、声に敵意は感じられない。

 この少女を乱雑に扱ってしまった後ろめたさもあるので、オレはその声の言う通りにすることにした。


「わかった。あんたがオレたちに害を及ぼさない限りは、この子には危害を加えないと約束しよう。それで、どうやってあんたのところに向かえばいいんだ?」


 そう問いかけると、暗い森の中に白く光る花が咲いた。花は間隔を空けて次々と咲き、光の道を作った。

 どうやらこの花が道しるべらしい。


「オレはこの子を送り届けにゃならんから行くが、お前たちはどうする? 罠の可能性も捨てきれないが」


「ボクも行くよ! 森の中で待っているのは嫌だしね」


「自分も行くっス。衝動を抑えられなくなったシグルイくんが、その子を縛って吊るさないよう見張らなきゃいけないっスからね」


 リースもユイファンも二つ返事で同行を申し出てきた。と言うか、オレは別に縛るのが趣味ってわけじゃないからな……

 オレは気を失ったローブの少女を背中に担ぐと、光の花が示す道を辿り森の中を歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る