2-11、無職なオレが懐かれたら


      *  *  *



「えー! ユイちゃんがはーふうるふ? 夜になると狼の耳と牙が出るの? かっこいいね!」


 翌朝。

 ユイファンが緊張した面持ちで自身が亜人であることを告げると、リースはなぜか顔を輝かせた。


 意外な反応に、告げたユイファンが逆に戸惑っている。

 リースは異なるものを恐れない。むしろ溢れる好奇心で積極的に関わっていこうとする。ユイファンの恐れは杞憂に終わったってわけだ。


「それで……あ、あの……こんな自分でよければ、リースの一行パーティに入れてほしいんス……!」


「もちろんだよー! やったぁ! ユイちゃんありがとう!」


 即答だった。

 リースがぴょんと跳び上がり、ユイファンに抱きつく。最初、ユイファンは困惑していたようだったが、無邪気に喜ぶリースを見て自然に笑みを浮かべるようになった。

 本当、大した勇者サマだよ。


「これでボクたちの一行パーティも3人だね! 段々形になってきたよ」


 リースが拳を握って言う。

 おいおい、勝手にオレを頭数に入れるな。オレはこの街にいる間だけの臨時加入だっつの。


「待つっス、リース。自分もリースもシグルイくんも全員前衛。ちゃんとした一行パーティになるには足りないものがあるっス」


 リースとユイファンは顔を見合わせ、同時に声を上げる。


「「術士!」」


 確かに、この一行パーティに後衛は必要だ。軽装剣士フェンサーのリースも、格闘士セスタスのユイファンもどちらも近接速攻系。大群や防御の硬い敵相手には苦戦してしまうだろう。オレも本来は支援サポート特化の役割だしな。火力不足は否めない。

 術士がいれば、戦略は一気に広がるだろう。


「……ちょっと待って。ユイちゃん、今シグさんのことをなんて呼んだの?」


「シグルイくんっスよ」


「なーんか、親しげじゃない? 怪しいなー」


 怪訝な表情を浮かべるリース。ユイファンはいたずらっぽく笑うとオレの腕に抱きついてきた。


「くっくっく。何しろ、自分とシグルイくんは一緒に夜遊びした仲っスからね!」


 こら、誤解を生むような言い方をするんじゃない。


「えー、ずるい! ボクが寝ていた間に、2人で遊びに行ってたんだね! 禁止、禁止! 今度から仲間外れは禁止だよ!」


 リースがオレのもう片方の腕に抱きついてくる。

 やめろ……! オレは疲労が溜まって今にも倒れそうなんだ。


「お前ら、懐くんじゃねぇ!」


 オレのせめてもの抵抗の声は、よく晴れた朝空に吸い込まれていくのだった。





 カーマヤオの街に帰ると、2人は依頼クエスト達成報告と一行パーティ登録のために組合ギルドへ。オレは疲れた体を癒すために、いつもの酒場『ざくろ石』に向かった。


「お疲れ様、シグ君。今回も頑張ったみたいだねえ」


 酒場の自称看板娘イーシャが運んできた麦酒を受け取ると、一気に傾ける。気泡が混じった液体は爽やかに喉を潤し、疲れた体の隅々に染み渡った。

 あー、この一杯のために生きてるぅ……


 まだ午後の早い時間だからか、酒場の客はオレ1人だ。そういや、この時間に飲み始めるのも久しぶりだな。


「そういえば、もうすぐ聖樹生誕祭ユグドラヴァースだねぇ。シグ君は何か予定を入れているの?」


 当たり前のように正面の席に座ったイーシャが、ニコニコ笑いながら話しかけてきた。


 秩序の女神イサナが住まう、世界を支える巨大な樹——聖樹ユグドラ。その樹が誕生して世界に秩序が生まれたとされるのが今から1221年前のことだ。

 毎年、緑翠ノ月の終わりには聖樹ユグドラの誕生を祝う祭りが開かれる。それが聖樹生誕祭ユグドラヴァースだ。


「そういや、もうそんな時期か。別に予定なんて入れてないよ。オレは人混みが苦手なんだ」


 聖樹生誕祭ユグドラヴァースの主役は、女神イサナから加護を贈られた存在である勇者たちだ。

 1221年前ってのは、要は女神イサナが史上初めて人間に勇者の加護を与えた年だ。それまでこの世界は魔物達が支配する暗黒と混沌の時代だったらしい。

 まぁ、全部教会が言ってることだからどこまで信じていいかはわからんがな。


「この街の出身で、勇者として旅立った人たちも帰郷してきてるよ。もしかしたらシグ君の知り合いもいるんじゃないかな」


 いたとしても、できれば顔を合わせたくない。

 もしもそいつの口からが語られようものなら、オレはもうこの街にはいられない。

 軽蔑されて、侮辱されるだけだ。


 ユイファンには偉そうに外の世界に出ることを勧めておきながら、一歩を踏み出せていないのはオレの方だ。

 暗い部屋があって、オレはそこでじっとうずくまっている。扉は固く閉ざされたままだ。

 その扉に手をかける勇気は——まだ、ない。


「あ、そうだ。ちょっといいか、イーシャ」


 オレはイーシャに頼もうとしていたことを思い出し、席を立った彼女を呼び止めた。


「どうしたの、シグ君。注文以外でキミから声をかけるのって珍しいね」


「うっさい。それより、一つ頼みがあるんだが——」

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