5-4、あの日への答え


 崩れた瓦礫に覆われた道を、ふらふらとよろめきながら進んでいく。

 一歩進むごとに体が軋み、痛みが全身を駆け巡る。視界は霞んでよく見えない。気を抜いたら倒れてしまいそうだ。


 なんてことを考えていると、足がもつれて前のめりに転んでしまう。

 起き上がろうと地面に手をついて、体に走った激痛にそのまま崩れてしまう。


「ちくしょう……!」


 カッコつけて歩き出して、このザマだ。ろくに動けもしない。なんなら全てを諦めてこのまま倒れていたかった。


「ああああ、ちくしょう……!」


 そんなことを考えてしまう情けない自分への苛立ちから、悪態をつく。その怒りを力にして、なんとか立ち上がる。

 そして一歩、一歩、歩いていく。


「もう、嫌だ……!」


 周りに誰もいなくなったからか、オレの口からは自然と心の声が漏れ出てきた。


「体痛ぇし。ダルイし。感覚ぐちゃぐちゃで訳わかんねぇよ! なんでオレばっかこんな目に遭わなきゃなんねぇんだ。ベッドの上でゴロゴロしてぇよ! ただただ酒だけ飲んでてぇよ! もうなんもしたくねぇよ‼︎」


 なんと取り繕うと、これがオレの本心だ。

 痛いことは嫌だし、辛いことも嫌だ。なんでこんなに苦しまなくちゃならないんだと、愚痴と不満が止まらない。


 こんなに痛いならば


 こんなに辛いならば


 こんなに苦しいならば


 立ち上がらなければよかった


 歩き出さなければよかった


 


 あいつらに出会う前のように特になにもすることもなく、日がな一日ボーっと過ごしていたならば、それはどんなに楽な毎日だったろう。少なくとも、こんなに心も体も苦しめられることはなかった。


 だけど、オレは楽のままでいることを捨てて、どうにかこうにか歩いている。痛くても、辛くても、苦しくても、その先にある何かを掴もうと手を伸ばしている。


 今ならわかる。

 冒険者であることを辞めて自堕落に過ごしていた間も、本当はずっと、暗い部屋から外に出たいと願っていたんだ。本当はずっと、誰かがこの扉を開けてくれないかと待っていたんだ。


 もう諦めて目を閉じようとした時、重い扉の隙間から光が覗いた。どうしようもなく閉ざされた扉を向こう側から開けてくれたのは、1人の少女だった。


『さぁ、シグルイさん。冒険に行きましょう!』


 オレがその言葉にどれだけ救われたか、あいつはわからないだろう。


 だから


 だから——








「今更何をしに来たというのだ、シグルイ=ユラハ? 何度も逃げた卑怯者のお前が、なぜそこに立っている?」


 ベレスが問うた。だからオレは答えた。


「へ、へへへ……色んなものを捨ててきた無職のオレだけど、どうしても譲れないもんがあるのさ。しがみついて、離しちゃいけないもんがあるのさ」


 一体の岩巨人ゴーレムを従える岩の勇者ベレスの前に、オレは立ちはだかる。地面に倒れたユイファンとフィオをかばうように。

 オレはまた——戦場ここへ戻ってきた。


「シグルイくん。ごめんっス……自分たちでは、力不足でした……!」


 倒れたユイファンが、悔しそう拳を握りしめてに言った。


「しぐるい。お願い、リースは……あそこ……」


 フィオが震える手で、ベレスのそばに控える岩巨人ゴーレムを指差す。どうやらリースはあの岩巨人ゴーレムの動力源にされているようだ。

 2人はベレスたちに戦いを挑んだ。そして力至らず負けてしまった。


「よく踏ん張ったな、2人とも。あとはオレに任せてくれ」


「で、でも、シグルイくんも、もう戦える状態じゃ……」


 ユイファンの言うことももっともだ。歩くのもやっとのオレでは、戦うと言っても不安になるだろう。


「そうだなあ。何かできるかもしれないし、何もできないかもしれない。だけど、ここはオレに戦わせてくれ」


 オレは短剣ダガーを鞘から抜くと、視線を真っ直ぐベレスのそばに立つ岩巨人ゴーレムに向けた。

 あの中に、リースはいる。彼女は石の牢獄の中に囚われている。


 なぁ、リース。籠の中はお前にとっちゃ狭いだろ。今出してやるよ。あの日、お前がオレを暗い場所から連れ出してくれたみたいに。

 だから——オレはあの日のお前の言葉に答えを返す。


「リース、冒険に行こう。オレは、お前の未来が見てみたいんだ」

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