親友

 有楽町線・江戸川橋を下車した。改札を抜けて、通路を進んだ。階段を登り、地上に出て、マンガ図書館の方角へ歩き始めた。鶴巻の信号に達すると、横断歩道の向こうに図書館のビルが見えた。


 僕は横断歩道を渡らずに、その手前にある個人経営の喫茶店に入った。無口なマスターが一人でやっている小さな店だ。

 奥の卓席に、少年の面影を残す美しい青年が座っていた。俳優の魔宮遊太である。美男美女の集まりと云える芸能界だが、僕に匹敵する者は数少ない。彼はそんな稀少グループに属している。

 モデルやアイドルとして、充分通用する容姿をしているが、遊太は演技のみに活動範囲を限定している。目標は三國(連太郎)さんや山崎(努)さんのような本格の性格俳優になること。

 年齢は僕と同じだが、赤ちゃんの頃から活動しているから、芸歴は僕よりずっと長い。源シオールに「この人にはかなわないな……」と思わせるのだから、まったく大したものである。


 年末に上演する『ロミオVSハムレット』という芝居で、遊太と僕は初の共演を果たす。今日はその打ち合わせである。ロミオは僕で、ハムレットは遊太という配役だが、もし僕が、公演中にスライム退治に出動しなくてはならなくなった場合は、彼が僕の代わりにロミオを演じてくれることになっている。

 遊太が代役を務めてくれるのなら、僕も安心だ。と云うより、最初から彼が主役を演(や)った方が良い気もする。演技能力に関しては、あらゆる点で僕に勝っているからである。脚本家や演出家も多分そう考えていた。


 僕が主役の座を得たのは、遊太が「ロミオは君がやるべき役だ。僕はハムレットとして、君を支える」と云ってくれたからである。大役を与えることで、演技者シオールを飛躍させようという彼の意思を僕は感じた。これは芸能界の大先輩としての発想かも知れない。

 遊太の期待に応える方法はひとつしかない。ロミオの運命を舞台の上で演じ切るのだ!「しょせんはお坊ちゃん芸。シオールの演技は、アイドル芝居の延長に過ぎない」なんて批判はもう云わせないぞ。


 入店に気づいた遊太が、僕に向かって、軽く手を振ってくれた。なんでもない動作だが、それが「絵」になってしまっている。天性のアクターと云えるだろう。だが、それだけではない。俳優魔宮遊太の真の凄さは自身の才能に溺れず、常に努力を重ねていることである。

 今回、遊太がどんなハムレットを見せてくれるのか、僕も楽しみにしている。僕の全身を視界にとらえると、遊太は優雅な苦笑を唇に浮かべた。

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