甲冑

 僕は第一装備室に入った。扉は自動的に閉まる仕掛けなので、自分で閉める必要はない。部屋の中央に進み、墨汁風の液体に満たされた湯舟…ならぬ小プールに体を沈めた。この際、説明し難い異様な感覚に襲われる。墨汁風が全身の皮膚に密着し、同時に「肉体の鎧化」が始まる。

 当初は、相応の抵抗と違和感を覚えたが、最近ではほとんど平気になっている。人間とは、大概のことには慣れてしまうものらしい。ただ、プールに足の爪先をつける瞬間に感じる「天ぷらの具になったような…」気分だけは未だに消えない。


 数分も経てば、装着完了である。僕の顔から下は「最強の鎧」に包まれている。スライムの舌も牙も毒も、この鎧には通用しない。加えて、耐熱性と耐寒性にも優れている。そして、驚くほどに軽い。装着者は「鎧の重さ」に制限されることなく、存分に運動能力を発揮できるのである。

 プールを上がり、同室の壁面に埋め込まれた姿見に自分を映す。見る度に吹き出しそうになる。あまりにもカッコ良過ぎるからだ。往年のタツノコヒーローを意識したとしか思えない斬新奇抜なデザイン。こんな格好が真に似合うのは、源シオールぐらいではあるまいか。


 僕がこの格好で(比較的冷静に)行動が可能なのは、子供向けのヒーローショーの経験があるからだろう。ウ*ト*マンもやったし、仮*ラ*ダーもやった。場所は遊園地、デパートの屋上、イベント会場に設けられた特設舞台など。地方公演も何回かやった。

 正義のヒーローと対立する怪獣(怪人)軍団の親玉や大将は、うちの座長が的確に演じてくれた。ピンチに陥ったヒーローが、起き上がりざまに逆転の蹴りを放つと、場内が沸いた。

 夏場の上演は、まさに地獄の苦しさだったが、高額賃金に惹かれて、午前一回と午後二回、計三回のステージを全てこなした。案外好評だったらしく、開催者に臨時ボーナスを頂戴したこともある。又、大勢の観客の前で、スーパーヒーローを演じるという体験は、舞台俳優として多少のプラスになったと思う。これがやれれば、どんな役も怖くない。

 に、スカウトされなかったら、今でも続けていたに違いない。周到なあの男のことだから、下見を兼ねて、僕のショーをどこかで見物していたのかも知れない。


 第一を出て、第二に入った。鎧の次は、兜と剣である。僕は整備済みの自分のヘルメットを手に取った。メンバーの間では「万能兜」と呼んでいる。最新テクノロジーの塊りであり、華奢な外見からは想像もできない高い守備性を有している。これも鎧同様、極めて軽い。行動中、かぶっていることを忘れてしまうほどである。

 あの男によると、万能兜は「戦車に潰されても、キズひとつつかない」そうである。試したことはないが、本当だろう。初めての狩りの際、横殴りに繰り出されたスライムの舌を弾き返してくれたことがある。兜をかぶった僕は、武器スペースに足を進め、今夜使う得物を選び始めた。

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