変身
そこは、RPG(ロールプレイングゲーム)に登場する「武器屋」を連想させる場所である。対スライムの殺傷道具がずらりと並べられており、それぞれが物騒な輝きを放っていた。飛び道具は用意されていない。ここにあるのは、刀、剣、槍、斧などの「原始武器」のみである。
ソードマンは「歩兵」「足軽」の類いであり、原則として、銃器の使用は禁じられている。それらを扱いたければ、正式の訓練を受けなくてはならない。僕にはそこまでの意欲や情熱はないし、時間的余裕もない。
繰り返し述べているが、僕の本業は芝居である。スライム狩りは副業に過ぎないのだ。あの男はこちらを本業にさせたいみたいだが、とんでもない話である。こんな仕事を喜んでやるほど、僕は歪んでいないつもりだ。
あの男に云わせると、僕には「殺しの才能」があるそうだ。冗談じゃない。僕がソードマンという役を「演じている」ことが、彼にはわからないのだ。自分ではない者を、まるで自分のように表現するのが、僕たち演技屋の芸(スキル)なのである。そのあたりが、彼は全然理解できていない。まあ、理解してもらおうとも思わないが。
あの男と話をしていると、別世界の住民と喋っているような気分になる瞬間がある。僕と彼は「水と油」であり、本来、同じ仕事をできる関係ではない。勿論、それは彼も承知している筈だ。僕はお金が欲しい。彼は兵隊が欲しい。双方の望みが、たまたま一致しただけのことである。僕らの間に人間的感情は流れていないと断言できる。
あの男は親切である。少なくとも、表面的にはそうである。色々と気を遣ってくれているようにも見える。しかしそれは、僕に利用価値があるからだ。僕がスライムに返り討ちに遇ったとしても、涙一滴零すまい。チェスの駒が盤上から消えても、泣くやつなんていない。僕が食われた翌日の朝から、新しい駒を求めて、スカウト活動を再開するに違いない。
僕の得物は刀剣である。殺陣の修練がこんな形で役に立つとは、考えてもいなかった。漆塗り風の金属鞘におさめられた大小を僕は左の腰に帯びた。非常用として、バトルナイフを右の足首に装着した。どちらも、名工が打ち上げた業物に匹敵する威力を有している。そして、羽根のように軽い。あまりに軽いので、使い始めの頃は物足りなさを感じたほどだ。
「……」
武装を完了した僕は、再度姿見の前に立った。鏡の中に「漆黒のキャシャーン」とでも呼びたくなる禍々しい(同時にカッコいい)存在が出現していた。ソードマンに「変身」すると、僕の内面に得体の知れぬものがドロドロと渦巻き始める。
暴力機械。冷酷非情の殺戮者。スライムの天敵。与えられたキャラクターに成り切った時、一人称が「僕」から「俺」に変化する。僕は、いや、俺は「読者にも聞こえるように」心の中で、そうつぶやいた。
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