元締
戦いの支度は整った。俺は武装室を出て、専用通路に足を向けた。この地下道は同じ住宅街の中にある「家」に繋がっているのだった。原則として、俺たちソードマンは、ここから出発(出撃)することになっている。スライム狩りの前線基地と呼んでいいだろう。
面白味に欠ける外見だが、支部ビル同様の、防御力を備えている。屋内倉庫には、相当量の水と食料に加えて、武器と薬品も豊富にたくわえられており、一月(ひとつき)程度なら、篭城戦も可能である。篭城なんて、考えるだけでもゾッとするが、今後、対スライム戦争が激化すれば、そのような展開もありえるかも知れない。
現在時刻が「午後7時30分」であることを、万能兜が教えてくれた。階段を登り、茶の間に該当する部屋に足を進めた。最盛期のアラン・ドロン氏そっくりの伊達男が、電気炬燵に入り、テレビを眺めていた。炬燵の上に、土鍋と材料が並べられていた。これから、牡蠣の味噌鍋が始まるらしい。
画面に、全盛期の大橋巨泉氏そっくりの人気タレントが司会を務めるクイズ番組が映し出されていた。ゲスト解答者の源シオールが、突飛な発言(アドリブだと思われる)を連発し、場内の爆笑を誘っていた。
「魔宮か」
ドロン似の男が俺に話しかけてきた。美声である。黄金期の野沢那智氏を彷彿とさせる声だ。口辺に正体不明の微笑が浮かんでいた。彼の名は、長谷川豹馬。忍者の親玉みたいな名前だが、おそらく、偽名だろう。
だが、そんなことはどうでもいい。肝心なのは、売れない役者の俺に、素敵なアルバイトを紹介してくれた人物であるということだ。ソードマンのスカウト兼コマンダー。殺しの元締め、それが、長谷川だ。
「開戦30分前か。結構。時間に厳格な男は仕事もできるものだ。腹は減っていないか?」
「食事は済ませてきた」
「結構。体調はどうだ?」
「すこぶるいい」
「芝居の方はどうなんだ。うまくいっているか?」
「……」
「どうした?なぜ黙っている」
「あんたとその話はしたくない」
長谷川は微笑を苦笑に変えると、
「そうか。ならば訊くまい。だが俺は、本気で感心しているのだ」
「何をだ」
「おまえの健気さにさ。潰れかけの劇団を救うために、夜な夜な、命懸けの仕事をしているのだからな。なかなかできることじゃない」
「引き込んだのはあんただぜ」
「乗ったのはおまえさ」
「長谷川さん」
「何事だ、魔宮。怖い声を出すんじゃない。俺は小心なんだ」
「あんたには永久にわからないだろうが、劇団は俺の宝だ。だから、相手が誰であろうと、侮辱は許さん」
「したか、俺が?」
「今、潰れかけと云ったな。今度云ったら……」
「どうする」
「斬る」
長谷川は苦笑を冷笑に変えると、
「斬れるか、俺を。仮にやれたとしても、損をするのはおまえだぜ」
「理屈じゃない。頭が止める前に、体が動くことだってあるさ」
「憶えておこう。そして、前言を詫びよう」
云いざまに、長谷川は炬燵の天板に手をつくと、俺に向かって、頭を下げた。謝罪の気持ちなど微塵も感じられない機械的な動作だった。
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