廃墟

 かくて、僕は魔窟に踏み込んだ。自分がコガネマンに等しい愚行を犯しているのではないかという不吉な考えが頭に浮かんだが、すぐに消えた。僕は彼とは違う。実戦経験は少ないが、スライムハンターとしての正式な鍛錬を積んでいる。

 セーコさんの眼から見れば、お尻に卵の殻をくっつけた子蛇に過ぎないかも知れないが、それでも僕は戦士だ。必要な技能は一応具えている。

 僕とて、もぐりハンターを全否定するつもりはないけれど、胡散臭さは拭えない。大半が山師(詐欺師)同然のならず者だと聞いている。中には、シンジケート(犯罪組織)と繋がっている輩もいるという。まったくとんでもない連中である。業界の恥晒しと云っていい。


 養成所時代、僕はビッグ・ファイブの三人に指導を受けるという至上の幸運を得ている。剣術はもわ先生に、格闘術はらくあ先生に、射撃術は草宮先生に直接教えてもらった。こういう例は稀だと後に聞いた。

 三達人の授業は「猛特訓」と呼ぶに相応しい激烈な内容だったが、僕は必死に耐えた。セーコさんに認められたいという一心がそれを可能にさせたのだ。今更だけど、愛の力は偉大である。


 抜き身のレイピアを片手下段に構えつつ、僕は探索を続けた。天井や壁の崩れ落ちた部分から、陽光が射し込んでおり、院内は案外明るかった。光を嫌うスライムたちにとっては、活動し辛い環境ではある。

 無論、油断は禁物である。奴らは物陰から僕の様子を常に窺っている。透きを見せた途端、待ってましたとばかりに攻撃を仕掛けてくる筈だ。


 複数のスライムを同時に相手にするのは難しい。又、危険であった。僕の場合、レイピアによる刺撃が基本だからだ。セーコさんやシンカワさんのような「ぶった斬る」あるいは「叩き潰す」パワーが僕にはないのだ。

 非力さに加えて、スタミナ不足ときている。この弱点を突かれると、相当苦しい局面に追い込まれるだろう。その前に幼女を助け出さなくてはならない。額や頬に緊張の汗が滲んでいるのを僕は感じていた。


 時折、幼女の名前を呼びながら、僕は建物の奥に進んだ。一階では反応はなかった。二階も同様だった。女の子の声らしきものが、三階から聞こえてきた瞬間、僕はその場から駆け出していた。床に散乱したガラスの破片を蹴散らしながら、僕は走った。

 このあたりが新人ハンターの甘さと云えるだろう。声の方向へ急ぐあまり、暗い廊下を突っ切ろうとしたのだ。ダークゾーンは、すなわち、スライムの縄張りである。これを見逃す奴らではなかった。左と右、計二匹のグリーンスライムが這い出しざまに、僕に襲いかかってきた!

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