巨魁
虻沼狂山。日本最初のスライムハンターであり、同カテゴリーを職業として定着させた人物でもある。いわゆる「業界の立役者」である。長谷川のオフィスで閲覧した資料を信じるならば、狂山の年齢は六十を超えているはずだが、目前の狂山は、精気にあふれ、眼光も鋭い。四十代と称しても、通用しそうだった。
狂山は「最盛期の伊東四朗」そっくりの容姿をしていた。良質の和服を巧みに着こなしており、何も知らぬ者が彼を見かけたら、三道の先生か、古典芸能の師匠だと思うだろう。だが、実際は全然違う。どういう計算なのかはわからないが、狂山は「史上最も多くのスライムを狩った男」なのだ。あの長谷川が「殺しの天才」と評する大怪物。
その狂山がなぜこの公園にいるのか?まさか、ボート遊びに来たわけではあるまい。僕に用があるのだ。逃げ出そうとは思わなかった。逃げたところでどうにもならないからだ。もし彼が殺(や)るつもりなら、僕の命はとっくに消えている。僕は覚悟を決めると、自ら狂山の方に歩み寄った。
視認の範囲だが、狂山は武器らしきものは何ひとつ帯びていなかった。護身用の杖さえ持っていない。だからと云って、油断はできない。彼ほどの殺し屋なら、僕の細首ぐらい、素手で簡単にねじ切るだろう。
「魔宮遊太さん…だね」
声も伊東氏そっくりだ。
「はい」
「私が誰かわかるか?」
「お初にお目にかかります。虻沼先生」
狂山は口辺に苦笑を浮かべて、
「先生はやめてくれ。あんた、二足の草鞋を履いているそうだな」
「ええ、まあ」
「昼はアクター、夜はハンター。まったく忙しいことだ」
「本業ではなかなか食べられません。副業で稼がせてもらっています」
「長谷川君があんたのことをえらく誉めていたよ。自分の後継者にしたいぐらいだ…とね」
僕は即座に顔を横に振り、
「とんでもない買い被りです。僕は一介のアルバイト。長谷川組の看板を背負えるような力はありません。元締めはそういうことを云って、僕を困らせるのが趣味なんです」
「そうだろうか。少なくとも度胸は据わっている。大抵の者は、私を過剰に警戒し、まともに話もできない有様だ。彼らに比べれば、あんたの態度は随分立派だ。堂々としている」
「これは演技です」
「なにっ?」
「『豪胆なキャラクター』を演じているに過ぎません。湧き起る恐怖を芝居で打ち消しているだけです。僕もあなたが恐ろしい。怖くて怖くてたまりません。この場で叫び出したいほどです」
「そうなのか?とてもそんな風には見えないが……」
「事実です」
「そんなことが可能なのかね」
「僕は俳優、化けるのが商売です」
僕の言葉に納得したのかどうか、狂山は頷きざまに「なるほど……。面白いよ、魔宮さん。あんたは面白い」と、云った。
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