着信

 番組はリスナーから寄せられたメールやハガキをパーソナリティが読み上げ、その内容について応(答)えるコーナーになっていた。この番組を聴いていると、源シオールのファン層の広さ、厚さがわかる。中心は十代後半から三十代前半だが、子供や高齢者のメールも少なくない。

 面白いのは、ファンの性別比率が「ほぼ半々」ということだ。女子と男子の両方の人気(それも絶大な)を獲得しているのだ。さすがは自称「究極のアンドロギュヌス」である。まったく凄い人材が現れたものだ。


 リスナーのメールに対するシオールの態度は常に真摯である。決して、茶化したり、揶揄したりはしない。このあたりが、二流三流、語彙にも配慮にも欠けるへっぽこタレントとは違うところである。時折、突拍子もない発言が飛び出す場合もあるが、それは大抵、シオールの育ちの良さ(彼は貴族の血筋なのだ)に起因するものであり、特に嫌味には聴こえない。むしろ、笑いを誘う。僕自身、幾度も吹き出している。

 僕も一度、同コーナーにメールを送ってみようか……。そんなことを考え始めたその時だった。


便


 シオールの美声が、僕の頭に「直接」響いた。えっ。驚愕に全身を貫かれ、僕はその場に立ち止まってしまった。馬鹿な、ありえない。幻聴だ、幻聴に決まっている。僕は疲れているのだろうか?おかしい、栄養も睡眠も充分足りている筈なのに。理屈では説明困難な現象が起きていた。

 今僕が聴いた(受信した)のは、魔少年シオールが発した「テレパシー」だったのだろうか?仮にそうだとしても、何ゆえにシオールが、僕などにメッセージを送ってくるのか?面識ゼロ。知人でも友人でもないこの僕に。

「……」

 気がつくと、番組はエンディングに差し掛かっていた。今月の曲はシオールが最近カバーした『ETERNAL WIND』であった。


 ラジオの電源を切り、歩行を再開した。左になまず池を眺めながら、遊歩道を歩き続けた。日差しがやわらかい。冬とは思えない陽気であった。前方に休憩スペースが見えた。池面に張り出す形で設けられたものだ。

 用意された長椅子のひとつに腰をおろしている人物がいた。池の方角を向いているので、顔は見えない。だが、その背中から、ただならぬ気配が流れ出していた。それだけでも「彼」が凡人俗人とはまったく異なる存在であることを示していた。

 まるで、僕の接近を察知したかのように、彼は椅子から腰を上げた。上げざまに、僕の方に体を向けた。

「!!」

 その瞬間、氷の手に心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。僕は彼の顔を知っていた。以前、長谷川のオフィスで彼の写真を見たことがあるのだ。虻沼狂山。業界最大の怪物が、僕の視野に出現していた。

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