スライムハンター

闇塚 鍋太郎

SLIME HUNTER

第1回:ヒーローの誕生

将軍

 刀身にからみついた血の糸を拭いざまに、蛇頭の剣士は予備刀を背中の鞘に納めた。その際に発する「かちん」という鍔鳴りの音を待っていたかのように、ブラックスライムは、地響きを立てて、路上に崩れ落ちた。


 強敵を倒した剣士がこちらに近づいてくる。僕は、帽子、眼鏡、マスクなど、全ての変装道具を外した。それが命の恩人に対する最低限の礼儀だと考えたからである。

 肉眼の視野に現れた蛇頭の勇者は一層逞しく、一層頼もしく見えた。業界最強クラス、凄腕のスライムハンター。蛇将軍セーコに関する噂や情報を聞く度に、僕は彼女に無性に会いたくなるのだった。しかし、個人的な理由のために、多忙を極める彼女に面会を求めることは、さしもの僕にも憚られる行動であった。


 憧憬のセーコが、突然登場し、絶対の危機に追い詰められた僕を救ってくれたのだ。僕は複数のグリーンスライムに囲まれていた。あと一分、彼女が駆けつけるのが遅かったら、僕は化物たちに五体を裂かれ、奴らの栄養になっていただろう。

 セーコは現われざまにグリーン四体を「あっ」と云う間に殺戮すると、その後に出現したブラックも斬り伏せてしまった。マンガ以上にマンガ的なセーコの無敵振りに僕は圧倒された。即席の立像と化して、彼女のアクション(活躍)を眺めているしかなかった。

 まさに「神の配慮」が働いたかのような劇的展開であった。これまで無信心、無宗教で通してきたが、もしかすると「神様」は本当にいるのかも知れない。僕は人知の及ばぬ「超越者」の存在を信じ始めていた。


「怪我はないか」


 それが僕が初めて聞いたセーコの生(なま)の声であった。その瞬間、僕の全身を官能的とさえ云える感動の電流が貫いていた。この世界で最もセクシーな声。それは「歌姫の声」であった。彼女ならば、歌手としても相当なところまで行ける筈である。紅白出場は確実と云っていい。

 蛇頭人身。正義のヒーローの敵役、悪の改造人間(コブラ怪人!)然とした禍々しい姿からは、想像もできない美麗な声だった。その落差に僕は魅了された。感激の理由はもうひとつあるのだが、それについては、後ほど述べることにしよう。

「はい。大丈夫です。本当に助かりました。あの……」

 僕が感謝の台詞を連ねようとすると、セーコはうるさそうに首を振り、

「礼は要らん」

「えっ」

「スライムを殺すのが私の仕事だ。私は私のつとめを果たしたに過ぎぬ。報酬は前払いで受け取っている。おまえが恩義を感じる必要はない」

「はあ」

「ところで、おまえは誰だ?容姿も風采も、常人とはあまりにかけ離れている。只者ではあるまい。名家の御曹司か何かか」

「すみません。申し遅れました。僕は源(みなもと)シオールと云います。本名で芸能活動などをやっている者です」

「源シオール……」

 蛇面の奥に光る眼が、僕の顔を凝視していた。

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