少年
「そうか、おまえか。おまえが源シオールか……」
セーコ(敬称略)は納得したように頷いた。
「えっ」
「ラジオから流れてくる声と直接聞く声とはまた違うものだな……」
「ええっ」
「毎回とはゆかぬが、可能な限り聴かせてもらっている。あれはなかなか良い番組だ」
セーコの云う『番組』とは、僕がパーソナリティを担当している『魔少年の時間』のことだと思われた。その瞬間、自分の頬が真っ赤に染まるのがわかった。同時に顔から火が噴いた。まさか、蛇将軍セーコともあろう大勇者が、ローカル局制作の深夜放送を聴いているとは!
「あの番組で話していたことは本当なのか」
「えっ」
「中学卒業後に鎌倉の実家を飛び出し、芸能界に入門したという話さ」
「はい。多少端折った部分もありますが、ほぼ真実です」
セーコは再度頷くと、
「まったく大胆なことをする。高校ぐらいは出ておこう…というのが普通の感覚だからな」
「両親にもそう諭されました。無駄とまでは云いません。でも僕には『高校の三年間』にさほどの価値があるとは思えなかったのです。どうせ、芸能界入りするのなら早い方がいい」
「そのように考える者はおまえの他にもいるだろう。しかし、実行に移せる者は少ない」
「うち(事務所)の社長のおかげです。家出同然の僕をあたたかく迎えてくれて、なんにも知らない僕に基本の基本から教えてくれました」
「人生の恩人だな」
「はい」
「このような場所で、魔少年のパーソナリティに出会えたのは嬉しいサプライズではあるが、夜間に都内を一人歩きとは、感心できんな。この時間帯は化物の天下だぞ。武器も持たずに夜の東京を歩くのは、自殺行為に等しい愚行だ。そんなこともわからぬおまえとも思えんが」
セーコは子供をたしなめるような口調でそう云った。
「申し訳ないです。一応、対策グッズは持参していたのですが、ほとんど効果はありませんでした」
対策グッズとは、東*ハ*ズや大手ドラッグストアなどで販売されているスライム除けライトと同スプレーのことである。
「あんなものは玩具だ。気休めにもならん」
「すみません。僕が迂闊でした」
「謝らなくてもいい。だが、おまえの体は、最早おまえだけのものではない。今を時めく源シオールが『スライムに食われて死んだ』では、ファンも社長も泣くに泣けん。私も哀しい。私の楽しみを奪わないでくれ」
「はい。今後、無謀な行動は慎みます。二度とやらないと誓います」
頭を下げながら、自分の不用心が、結果として「セーコとの邂逅」に繋がったことに運命の不思議を感じていた。
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