瞳
「ひどいな。そんなに笑うことはないじゃないか。僕は真剣なんだぞ!」
僕が発した当然の抗議に対して、
「ごめん、シオール。謝るよ」
そう云うと、遊太は軽く頭を下げた。顔を戻した時、彼はいつもの彼になっていた。僕の知っている魔宮遊太の表情に。前髪の奥に光る宝石めいた双眸が僕を捉えていた。彼に見詰められると、大天使たる僕でさえドキドキしてしまう。まさにそれは、魔性の瞳であり、眼差しであった。
「愛と正義の超戦士、パーフェクション・ルシファーか……」
遊太は感嘆と驚嘆が入り交じった口調で云った。
「えっ」
「確かにそれは、君にしかできないし、許されない役だ。役の方から君を引き寄せたような気がするな。あまりにも似合っていて、怖いぐらいだ」
最大級の賛辞であった。僕は素直に喜んだ。
「ありがとう。君に褒めてもらえて嬉しいよ」
「ただ、次回は何か身に着けて欲しいな。せめて、前だけでも」
「えっ」
「その姿は美し過ぎて、眼のやり場に困ってしまうよ」
そう云うと、遊太は視線を微妙に逸らした。
「……」
愛する遊太の言葉ではあるけれど、いささか納得のゆかないものを覚えた。今の僕は「完全なる美体」を有する究極の存在である。
パーフェクション・ルシファーに衣装や装飾品は一切不要であり、かえって、本来の魅力を損なうことになりかねない。しかし、さしもの僕も、それを口にすることは憚られた。僕は話を本題に移した。
「どうする、遊太。戦いは…僕たちの戦いはまだ続くのだろうか」
「……」
刹那の沈黙の後、遊太は僕の質問に、行動で答えた。右手の剣を床に投げ捨てたのだ。跳ね返る刃の音が、広間に響いた。
「遊太!」
「僕だって、君と殺し合いを演じたいわけじゃない」
遊太の一人称が「俺」から「僕」に戻っていた。
「だが、僕は臆病な人間だ。僕は弱い。君みたいに、恐怖に打ち勝ち、大敵に挑む覚悟も勇気もない。恐ろしくて恐ろしくて、頭がおかしくなりそうだ。彼が『そうしたい』と考えた瞬間、僕などは跡形もなく消え去ってしまう。軽蔑してくれてかまわないよ。罵倒してくれ、シオール。僕は友情よりも、自分の命を選んだ卑怯者なのだ!」
「……」
遊太の両眼から、苦悩の涙があふれ出していた。僕は美顔を横に振り、慈愛に満ちた声で話しかけた。
「君は少しも悪くないよ、遊太。僕にはわかっている」
「シオール……」
「元凶はあいつだ!万能の力を振りかざし、全てを自分の欲望や意思通りに動かそうとする。最低だ。これほど傲慢で、陋劣な行為は他にない。あんな奴に神を名乗る資格なんてあるものか!あいつの時代は今日で終わりだ。僕が終わらせてやる」
僕は涙を拭くためのハンカチを遊太に渡し、そして、虚空を睨んだ。
「見ているか、闇塚!聞いているか、鍋太郎!これから僕はおまえのところに行く。首を洗って、待っていろ!」
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