「やめよう、遊太。僕たちが争ったところでいったい何の意味がある?御簾の奥に隠れているあいつを喜ばせるだけじゃないか!」

 僕の台詞に対して、遊太は「イタダキマン時代の田中真弓さんそっくりの声」で応じた。

「あるさ、シオール。俺は俺の命を守るためにおまえを斬るのだ。これ以上の意味があると云うのか」

「君にはあっても、僕にはない。魔宮遊太と戦う理由はひとつもない」

 その瞬間、遊太の口辺に皮肉な微笑が浮かんだ。

「いや、ある」

「えっ」

「俺の腰にぶら下がっている鍵は幼児番組の小道具ではないぞ。おまえが『この先』に進むための(文字通り、形通りの)キーアイテムなのだ!本丸に続く回廊の扉が開きたいのなら、俺を倒して、この鍵を奪え!」

「……」

「理解したか、シオール。おまえと俺はこうなる運命だということを」

「卑劣」

 天使の美唇から、痛烈な声音が漏れた。無論これは、遊太ではなく、邪神闇塚に向けられたものである。この瞬間、僕の怒りは限界を超えて、星の海に達していた。許さない。僕は絶対にあいつを許さないぞ!


 気がつくと、遊太の放った刃が僕に迫っていた。僕は右手のメイスを繰り出して、それを弾き返した。長剣と聖鎚が噛み合い、青い火花を虚空に散らせた。次の瞬間、僕は後方へ優雅に跳んで、遊太との距離を作った。

「斬り合いの最中に考え事は禁物だぞ、シオール。今度は本気でやる」

 云いながら、遊太は剣を中段に固定した。

「……」

 僕は動けなかった。メイスを握る右手に力が入らない。なめらかな頬に汗を滲ませながら、遊太の顔を見詰めているしかなかった。変身以後、最大のピンチを僕は迎えていた。ルシファー唯一の弱点を突く、邪神ならではの狡猾なやり方であった。

「どうした、シオール。おまえの覚悟や決意とは、その程度のものか。雑魚一匹退けられぬようでは、あの方に勝つどころか、近づくとことさえかなわんぞ。野望を成就したければ、俺と戦え!」

「君は雑魚じゃない」

「なにっ」

「君は僕が最も愛している存在の一人だ。どんな理由があろうと、君を傷つけることなんて僕にはできない」

「云うな、シオール。俺は男だ!おまえに愛される謂れなどない」

 僕は美顔を横に振った。

「それは違う。僕は両性具有の大天使だ。異性であれ、同性であれ、僕に愛される資格がある。もっとも、誰でも…というわけじゃない。それに相応しい才能や容姿に恵まれていなくてはならない。君はその対象者に選ばれたのだ。これは結構、光栄なことなんだよ、遊太」

「……」

 遊太は沈黙していたが、やがて、戦闘者の表情を崩し、その場で吹き出した。なぜ彼が笑うのか、僕にはさっぱりわからなかった。

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