消滅

「ではこれを、君に託そう」

 そう云うと、遊太は腰の右に吊るした大鍵を外し、僕に渡してくれた。

「ありがとう」

 遊太の友情と好意(厚意)に感謝を表しつつ、僕は鍵を受け取った。一見重そうだが、実際は紙のように軽かった。それは良いのだけど、これを挿し込む「鍵穴」はどこにあるのだろうか?

 僕の気持ちを察した遊太が、

「大丈夫だよ、シオール。所持していればいい。自ずと扉は開く」

 その言葉が終わるか終わらない内に「かちり」という解除音のようなものを僕は聞いた。次の瞬間、アルテミス像に変化が起きた。まばゆい光の線が、女神像の上から下へ走り抜けたのだ。

 発光現象がおさまった途端、ごごごごごご…という重々しい音を響かせながら、女神像が左右に分かれた。相当な大仕掛けだが、創造神の力を使えば容易いことである。

「あっ!」

 気がつくと、アルテミス像の左半身と右半身の間に「回廊の入口」が出現していた。闇塚の本拠、邪神の宮殿に繋がる道を僕は見つけたのだ!いや、違う。自力で発見したわけではない。遊太の「命懸け」とさえ云える協力が、あいつに肉迫するチャンスを与えてくれたのである。

 もし遊太が来てくれなかったら、僕は未だに七不思議パークをウロウロしていた筈である。再度、感謝の台詞を述べ、その後に(万人が歓喜する)天使のキスをプレゼントしようと、僕は傍らの遊太に美顔を向けた。だが、


 だが、そこには誰もいなかった。


 魔宮遊太が、最も愛する存在の一人が跡形もなく消えていた。否、消し去られたと云うべきか。遊太は「天罰」を受けたのだ。闇塚の命令に逆らい、剣を捨て、鍵を渡した。それらの行為を奴は「神に対する裏切り」と判断したのだ。そして、反逆者は「即消す」のが奴のやり方なのだ。

「外道め!」

 天使の美唇から憤激の声音が漏れた。同時に左右の美眼から、怒りと哀しみの涙が流れ出した。遊太は多分、こうなることを知っていた。承知の上で僕に鍵を渡してくれたのだ。僕が彼の立場だったら、どうするだろうか。いかにパーフェクション・ルシファーの魅力が桁外れとは云っても、ここまで友情に徹し切ることができるだろうか。

「……」

 僕はあふれる涙を拭おうともせずに、床に転がっている遊太の長剣を拾い上げた。ルシファーの超能力をもってしても、削除されたキャラクターを生き返らせることは不可能である。僕にできるのは、仇を討つことだけだった。この剣で闇塚の首を刎ね飛ばしてやる。

 今の僕は、大天使と云うよりも、戦いの化身、阿修羅であった。左手に遊太の剣、右手に聖なるメイスを携えて、僕は回廊の入口に足を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る