通話

 戦いは終わった。特に興味はないが、一応車の周辺を調べてみた。右の前輪がグリーンスライムの死体に深々と食い込んでいた。これでは走行を続けることは難しい。動きが止まったところを化物に囲まれたのか。

 ガラス越しに車内を見ると、聡明には程遠い顔つきをした若い男女が、白眼を剝いて、気絶していた。口から、カニみたいに泡を吹いていた。後部座席に撮影機材のようなものが乱雑に積まれていた。

 素性も目的も不明だが、噂に聞く「スライム・ウオッチャー」と称する連中かも知れない。だとすると、この車も対スライム仕様の頑丈な構造(つくり)なのかも知れない。とは云え、夜の東京を走るのは、ほとんど自殺行為に等しい暴挙である。愚者(ばか)のやることだ。


 俺は万能兜の通信機能を作動させて、支部の茶の間に電話をかけた。長谷川が出た。状況を説明すると、即座に答えが返ってきた。この男は話が早い。その点については助かっている。

「よし、わかった。あとの手配は俺がやる。おまえは、仕事を再開しろ」

「頼んだぜ、ボス」

「狩りの調子はどうだ?」

「まあまあだ。あんたはどうなんだ」

「俺?」

「牡蠣鍋は美味しかったかい」

「悪くはなかったが、牡蠣は鍋よりもフライだな」

「なぜやらない」

「調理のセンスがないからさ」

「今度俺が揚げてやるよ」

「できるのか」

「ああ。失敗したら、牡蠣丼にすればいい。なんとでもなる」

「食堂のおばさんに習ったのか」

「我流さ」

「俺が嫉妬する番だな。俺は料理が巧いやつを尊敬することにしている」

「……」

「返事がないな」

「視線を感じる」

「なにっ」

「これは化物じゃない。人間の眼だ。誰かが俺を見ている」

「おぼえはあるか」

「ない」

「よし、では、気づいていない振りを装いながら、相手の様子を探れ。おまえなら、それぐらいの芸当(しばい)は可能なはずだ」

「ああ」

「危ないと思ったら、狩りを中止して、家(支部)に戻れ。判断は任せる」

「ああ、わかった」


 スクランブル交差点を離れた俺は、巡行コースに忠実に歩いた。道中、二度ほどスライムの群れに遭遇した。一度目はグリーン、二度目はイエローだった。前者には完勝したが、後者にはいささか手こずった。最後の化物を仕留めた時は、我知らず、安堵の溜息が漏れた。

 冷たい水が無性に飲みたかった。一番近くにある「武装コンビニ」に立ち寄ることも考えたが、結局やめた。


 俺は名橋のひとつ、D橋の入口に来ていた。この橋を渡って、少し進むと、都内屈指の古書店街があるのだった。もっとも、夜間に営業している店は一軒もない。欄干越しに、R川の流れが見えた。水面に浮かんだり沈んだりしているのは、グリーンスライムだろう。意外にも、やつらは泳ぎが達者なのである。その時俺は、例の視線を再び感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る