怪人

 嫌な臭いがした。スライムの体液や血液が放つ異臭よりも酷い臭いだった。腐った根性の臭いである。嗅いだ途端に、猛烈な吐き気に襲われた。長谷川豹馬の配下に加わり、ソードマンとしての活動を始めてから、およそ半年。その間、俺なりに修羅場を積んできた。しかし、実際に嘔吐したことはない。その俺が吐きそうになっているのだ。どんなにひどいか、わかってもらえると思う。


 発臭の原因が、D橋の中央に佇んでいた。古書街を背にして、汚物色に濁った眼が、俺を見ていた。いや、睨みつけていた。半開きになった口の中に、虫食い歯に侵された歯が、怪獣の牙みたいに並んでいた。

 長谷川に電話をかけている際に感じた不気味な視線。その送り手が「このおっさん」であることを俺は確信していた。同時に「おっさんの正体」について、大体の見当をつけていた。


 おっさんは金属系の廃材を寄せ集めて作った(と考えられる)兜と鎧を装着していた。表面に黄金の塗料がゴテゴテと塗りつけられていた。左手に微妙に歪んだ円形の盾を持ち、右手に抜き身の蛮剣を握っていた。腰の周りに、火炎瓶と手榴弾のようなものが賑やかにぶら下がっていた。

 情報通りの異様な格好だった。こんなやつは他にはいない。外道代表。ハンター界最悪の恥晒し、コガネマンが俺の視野に登場していた。

 記すまでもないが、コガネマンとはおっさんの綽名である。だが、業界では、コガネマンが定着し尽しており、本名で呼ぶ者は一人もいない。それに倣って、俺も「コガネマン」と呼ぶことにしよう。

「……」

 俺は本能的に湧き起った攻撃衝動を抑えながら、コガネマンの出方を窺っていた。この遭遇が「たまたまの出来事」ならば、別段、抜刀の必要はない。素知らぬ顔で擦れ違えばいい。ともあれ、こちらから仕掛けることは控えるべきだった。勢いに任せて、コガネマンを斬り伏せてしまうかも知れないからである。

 今の俺は「非情の戦士」ではあるが、それは、スライムに対してそうだという意味である。殺人者になるつもりは毛頭ない。人面の悪魔、人非人の典型であっても、生物的には「人間」である。人を殺せば、人殺しだ。その罪は生涯消えない。

「待ちなよ、あんちゃん」

 腐臭の発散を続けながら、コガネマンが俺に話しかけてきた。錆びついた歯車と歯車が噛み合うような声をしていた。その中に苛立ちの要素が混じっていた。自分の存在を無視して、橋を渡ろうとしている俺の態度が気に入らぬらしい。俺は無反応に徹しつつ、コガネマンの左側を通過しようとした。次の瞬間、

「待てと云ってるのが、聞こえねえのかっ」

 吠えざまに、コガネマンが剣を繰り出してきた。想定内の行動だった。俺は刀を抜きざまに、肉厚の刃を弾いた。虚空に青白い火花が咲いた。

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