枕辺のアナログ時計が「午前6時55分」を示していた。アラームが鳴り出す少し前に眼が覚めるのは、健康な証拠である。布団を出て、寝室兼居室のカーテンを開けた。窓越しに、青空が展開していた。寝具類を露台に移してから、洗面所に入った。

 台所に行き、朝食の支度を始めた。戸棚からトウモロコシの缶詰めを取り出し、缶切りで蓋を切った。愛用の小鍋に中身を全部入れた。牛乳を注ぎ、適度に煮た。溶き卵を流し込み、適量の塩で味をつけた。池田(満寿夫氏)流、即席コーンスープの完成である。布袋商店街のパン屋さんで買ってきたチーズクロワッサンを齧りながら、出来立てのスープを飲んだ。


 食後にコーヒーを淹れた。居室に行き、テレビの電源を入れた。ニュースとワイドショーを組み合わせたみたいな番組をやっていた。昨日、自宅の地下室でグリーンスライムを飼育していた人物が「餌の代わりに自分が食われてしまった」そうである。記すまでもないが、スライムの飼育は法律で禁止されている。

 司会を務めるアナウンサー氏が、吹き出すのをこらえて、懸命に深刻な表情を作っていた。この種の「笑えないファルス(喜劇)」は、これまでに度々発生している。あのような怪物を「家で飼おう」と考える感覚が僕にはわからない。僕にとって、スライムは「殺しの対象」でしかない。もっとも、ソードマンの仕事は現在休業中だが。


 コガネマンがR川に落ちた(飛び込んだ)日から、数日が経った。しかし、長谷川からの連絡は依然ない。虻沼勢力との恐るべき暗闘が始まっているのだろうか。あるいは、長谷川の予想通り、まったく別の敵が策動しているのか。どちらにしろ、ギャングの抗争にも似た猛烈な縄張り争いが繰り広げられているのは確かであった。

 そんなものに巻き込まれるのは御免だし、僕などが参加してもほとんど役に立たないと思う。長谷川もそう判断したのだ。あの夜、僕に休暇を与えたのは、僕の身を案じてのことではなく、足手まといを戦場から遠ざけるためであろう。彼らしい思考と云えた。各駒の個性と性能を把握した上で、適所に配置するのが、元締め、長谷川豹馬のやり方なのである。


 テレビの電源を切った。歯を磨いてから、軽装に着替えた。左の手首に腕時計をはめ、携帯ラジオをポケットに入れた。これから、町内一周のジョギングに出るのだ。副業を休んでいる分、体が鈍っている。今度やる芝居は激しい殺陣が何場面もある。上演中に主役の息が切れてしまっては、どうにもならない。それに耐える体力を維持しておく必要があった。準備運動を済ませた僕は、アパートを離れ、馴染みのコースを走り始めた。

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