僕は門前に足を進めた。堅く閉ざされた門の表面に、デボン紀(後期)最強の生物、ダンクレオステウスのレリーフ(浮き彫り細工)が施されていた。同魚は闇塚が好んで化身する姿である。

 その瞬間、僕の中で怒りの炎が新たに燃え上がった。もちろん、ダンクレオステウスに怨みはない。しかし、この時の僕の眼には、それが「闇塚本人」に見えたのだ。僕は正義の体現者らしからぬ荒々しい動作で「古代魚の門」をメリメリと蹴破った。

「!!」

 破りざまに踏み込んだ部屋の中央部に「ありえない存在」が出現していた。宇宙的魅力を具えた「究極の美体」であった。それが、鏡面に映し出された自分自身であることに気づくまでに、しばらくかかった。

「美しい……」

 僕の唇から、滅多に漏れぬ台詞が漏れていた。パーフェクション・ルシファーに華麗なる変身を遂げた僕は、ここまで縦横無尽の快進撃を展開してきたわけだが、自分を自分の眼で捉えるのは、これが初めての経験であった。それは僕の想定をはるかに凌駕していた。筆舌に尽くし難いとは、まさにこのことだった。

 髪の先端から、足の指先に至るまで、あらゆる要素が「完全水準」に達していた。絵画であれ、写真であれ、映画であれ、全ての芸術家たちが自作の題材に選びたがるに違いない。

 いや、センスや才能は要らないのかも知れない。絵はさておき、写真や映像なら、単に撮るだけでいいのだから。修行も技術も無用。誰もが、平等に写真家や映像作家になれるチャンスが与えられるのだ。

「……」

 自然に足が動いていた。僕は無意識的に姿見に近づき、無意識的に指を伸ばしていた。僕は激しい恋に酔っていた。鏡の中の自分を愛してしまっていた。心を奪われ、それ以外のことは何も考えられなくなっていた。しかし、いかなルシファーでも、この先へ進むことはできない。

 その事実を悟った僕は、途轍もない絶望と脱力感に襲われた。これほど残酷な拷問が他にあるだろうか?完璧であるがゆえの孤独、神の孤独を僕は味わっていた。全身から、戦意や闘志が抜け落ちてゆく。だが、どうすることもできなかった。

「あっ!」

 いつの間にか、僕の足元に複数の球形爆弾が転がっていた。漆黒のボディに禍々しい髑髏マークが刻まれており、頭に生えた導火線が赤い火花を散らしていた。ルシファーの警戒機能と防衛能力が無効化しているところを狙った闇塚の奇襲であった。おのれっ!どこまで卑怯な奴なんだ!

 これらの直撃を浴びたら、さしもの戦闘天使もただでは済まない。我に返った僕は、奥の手のひとつ、テレポーテーションを敢行した。相応のエネルギーを消費してしまうが、ともあれ、爆破圏内から逃れることが先決であった。急げ、シオール!

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