追放

 次の瞬間、僕は七不思議パークの上空にいた。闇塚の爆弾が作動する前に、鏡の部屋から脱出したのだ。優秀なテレポーターでもある僕にとっては、それほど難しいことではない。しかし、疲労が酷かった。

 パーフェクション・ルシファーが持つ様々な超能力の中で、最も大量にエネルギーを消費するのが、テレポーテーションなのだった。自由に動けるようになるまで、少し時がかかる。虚空を漂いながら、僕はあえいだ。

「!!」

 美顔に滲んだ汗の玉を優雅に拭おうとしていた僕の視野に、信じ難いものが飛び込んできた。かの球形爆弾が「そのままの状態」で現れたのだ。どうやら、精妙な追跡機能が仕掛けられているらしい。製造者の陰湿さが如実に反映されていた。各爆弾の導火線が、起爆点まで到達しようとしていた。僕は咄嗟に防御態勢(体勢)をとった。飛び去る余力はなかった。


 どかん。どかん。どかっどかっ。どかあぁん。


 凄まじい爆発音が連鎖的に轟いた。四方から襲ってきた爆破エネルギーは僕でさえ防ぎ切れない猛烈なものであった。ルシファーが誇る十二枚の美翼の内、半分が無惨にむしり飛ばされた。大小の羽根が宙を舞い、霧状の血飛沫が一帯に噴き散らされた。

 他の者には耐えられない(と思われる)苦痛に耐えながら、僕は飛行態勢を維持しようとした。爆撃を浴びざまに、地面に墜落するような醜態は演じたくなかったからである。

 僕は破損した翼を修復しようと考えた。ルシファーの回復機能をもってすれば、充分可能であった。だが、絶え間なく僕を苦しめる激痛が、その思念を妨げるのだった。

「!!」

 気がつくと、僕の眼前にロドス島の守り神、コロサスが立ちはだかっていた。巨像の顔が「太陽神ヘリオス」から「古代魚ダンクレオステウス」に変化していた。邪神ならではの悪趣味な趣向であった。

 次の瞬間、無双の怪力を秘めたコロサスの手が僕の体を鷲掴みにしていた。途端に、全身の骨が砕かれるような圧力が加えられた。さしものルシファーもこれには耐えかねた。天使の美唇から苦悶の呻きが漏れた。


 この時、僕は「死」を覚悟していた。今の僕は手負いのルシファーである。コロサスが本気になれば、簡単に握り潰せるだろう。だが、魚頭巨人はそうしなかった。まるで、自宅の庭に迷い込んだ野良猫を放り出すみたいにして、この僕を「公園の外」へ投げ捨てたのである。なんたる無礼。


 落ちてゆく。


 七不思議パークから放逐された僕は「無限空間の底」へ逆さまの格好で落下していた。甲殻を破壊されたカメロケラスたちと同様の気分を僕は味わっていた。超戦士ルシファーにとって、最も無縁な筈の「敗北の屈辱」を僕は体験していた。いや、させられていた。

 全空間に邪神の哄笑が響き渡っていた。それは、身も心もズタズタに傷ついた僕に向けられたものであり、極めて適切な追い討ちと云えた。今回は僕の負けだ。それは認めよう。だが僕は、闇塚に敗れたのではない。自分の美しさに敗れたのである。これは負け惜しみではない。真実である。

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