第5回:ルシファーの休息
島
落下運動に身を任せながら、僕は怪我の回復に努めていた。闇塚は重大な過ちを犯した。あの瞬間、魚頭のコロサスに命じて、僕にトドメを刺すべきだった。それをやらなかったことを、猛烈に悔やむ時が来るだろう。そんなに遠くない内に。
とは云うものの、今の僕に逆襲に転じる余裕はなかった。傷を癒し、疲れた体を休める場所を見つけなくてはならない。ルシファーの瞳が「無限空間の底」が近いことを教えてくれた。僕は対衝撃体勢をとった。
ばきっ。めきっ。めきめきめきっ。
衝突の瞬間、全身に恐るべき激痛が走り抜けた!迸りかけた苦悶の叫びを、僕は口内に強引に封じ込めた。愛と正義の体現者、超戦士ルシファーともあろうこの僕が、そうそう、喚き散らすわけにはゆかぬ。どのような境遇、どのような窮地にあっても、スーパーヒーローの誇りを決して失わないところが、僕の凄さであり、存在価値のひとつと云えるのだった。
無限空間の底を突き破った先に「海」が広がっていた。宝石を液体化したようななめらかな水面に、大中小…各サイズの「島」がばら撒かれ、諸島を形成していた。
僕は稼働可能な翼を使って、そのひとつに降りてみることにした。邪神の気配はかなり薄まっていたが、油断は禁物であった。眼下に展開する海も島も、闇塚の版図であることに変わりはないからだ。
あいつは罠の名人だ。あの姿見に類する「地雷」や「吊り天井」がどこに仕掛けてあるか、わかったものではない。
僕が選んだ島は「古代亀の楽園」であった。弓形の砂浜に、史上最大の亀と云われているアーケロンたちが、あちこちで日光浴を楽しんでいた。僕は突然の来訪者だ。彼らの安息を妨げるような真似は避けたかった。
僕は彼らのテリトリーからなるべく離れた場所に静かに着地した。このあたりの気遣い、神経の細やかさは、我ながら、さすがだと思う。悪や敵に対しては、鬼神のごとく、弱者や味方に対しては、女神のごとく振る舞うのがパーフェクション・ルシファーの基本姿勢なのである。
「……」
気がつくと、ルシファーの周辺に子亀の群れが集まっていた。至極当然な成り行きであった。僕が有する桁外れの魅力は、全ての生物に作用するからである。万物を引(惹)きつける強靭な磁力。空から舞い降りた大天使に興味や関心を抱かぬ方がどうかしている。
僕は優雅に膝をつくと、手近の子亀を優しく掴み上げ、鼻先にキスをした。当の亀は感激の波動を、周りの亀たちは羨望の波動を発した。それらを感知した親亀が巨体を揺らしながら、こちらに這い寄って来た。
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