夜食
「コガネマンはR川に落ちたと云ったな……」
長谷川は炬燵の上に広げた地図を眺めながら、俺に話しかけてきた。
「ああ」
「それから、やつはどうなった?」
「当然、水中スライムの餌食さ」
「直接見たのか?コガネマンが食われるシーンを」
俺は首を横に振り、
「いや、見てはいない」
「では、可能性はあるな」
「可能性だって?あんたはコガネマンが生きているとでも云うのか?」
「なにしろあいつは〔日本一食えない男〕という素敵な異名の持ち主だからな。スライム側から遠慮するかも知れん」
「そんな馬鹿な」
「俺としては、コガネマンに生きていて欲しいのだ」
「なぜだ」
「やつに訊きたいことが幾つかあるからさ。事前の情報収集は戦争の鉄則だぜ、魔宮」
「俺にそれをやれと云うのか」
今度は長谷川が首を横に振った。
「これから先はおまえには向かない仕事だ。三人衆にやらせる。この件に関しては、全て忘れろ」
三人衆とは、ソードマン部隊の上位三人(通称キラーマン)のことである。長谷川の旗本とでも呼ぶべき存在で、嘘か真実(まこと)か、スライム以外の殺しも平然と請け負うという噂だった。
「アマチュアは引っ込んでろというわけか」
「まあ、そうだ。それと、魔宮。当面の間、狩りは休め。活動中に第二第三の刺客が現れないとも限らんからな」
「ありがたい配慮だが、収入ゼロは痛いな」
「これまでの平均額✕日数の七割でどうだ」
「……」
「不服か」
「そうじゃない。そんな厚遇を受ける値打ちが俺にあるのかなと思ったのさ」
「おまえは優秀なソードマンだ。俺はおまえを失いたくない。休暇中に他の組から誘われても、応じないでくれよ」
「わかった。約束する」
「決まったな。では、この話は終わりだ。腹は減っていないか?牡蠣の残りで良ければ、台所の冷蔵庫にあるぞ」
「長谷川さん」
「なんだ。深刻な顔をして」
「もし、コガネマンの云っていたことが本当だったら、どうするんだ。戦うのか、虻沼狂山と」
俺の問いに、長谷川は即座に答えた。
「さっきも云ったが、売られた喧嘩は買う主義でね。俺はそうしてここまで生きてきた。これからもそうするつもりだ」
「殺されるぞ。あんたも三人衆も、そして、ソードマンたちも」
「そう悲愴になるな、魔宮。なるほど、虻沼組は大勢力だ。だが、戦争は人数が多い方が必ず勝つというものではない。本陣に斬り込んで、狂山の首を奪うという手もある」
「……」
「俺なりに策は尽くす。やるだけやって、それで散るなら仕方がないさ」
「卵と葱はあるか」
「なにっ?」
俺の唐突な台詞に、さしもの長谷川もいささか驚いた様子だったが、すぐに平静を取り戻し、
「ああ、牡蠣といっしょに冷蔵庫に入れてある。おまえの好きにしろ」
俺は頷きざまに、その場を立ち上がった。
「台所を借りるぜ、元締め。最後に天丼でも作ろう」
「それはいい考えだ。だが、魔宮。最後なんて云うな。縁起でもない」
「はははは。あんたでも吉凶を気にすることがあるんだね、案外繊細だな」
「今、笑ったな」
「えっ」
「おまえが笑うところを俺は初めて見たぜ、魔宮遊太」
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