巨像

 グリフォンとケンタウロスを撃滅した僕は、アルテミス大神殿の入口付近に足を進めた。神殿の両側に聳えるオリンピアのゼウス像とロドス島の巨像(コロサス)が、圧倒的威容を周囲に放っていた。

 それは、妄想ワールドならではの「絶対にありえない光景」であった。ありえないが、壮観な眺めであることも確かだった。

「……」

 神殿に入る前に、正面から見て、右に位置するコロサスを見物することにした。パーフェクション・ルシファーへの華麗なる変身を遂げた後も、僕は僕、源シオールなのだ。胸に宿る「魔少年の好奇心」が消えることはない。好奇心を殺して生きてゆく人生なんて、まったく馬鹿げている。


 ロドス島の守り神として建築されたコロサスは、台座15メートル、本体33メートル、計48メートルの高さを有する「空前の超大作」であった。完成までに12年を要したとは云え、紀元前の世界にそれを可能にする技術があったという点も驚嘆に値する。

 コロサスの瓦解は地震が原因だった。さしもの大巨人も自然の威力には勝てなかった。崩れ落ちたコロサスは、再建されることもなく、倒れたままの格好で、800年間を過ごした。そして、654年。ロドス島を占領したイスラム軍の手にかかって、屑鉄同然に処分(売却)された。こうして、七不思議のひとつ、ロドスの巨人像は、地上から消滅したのである。


 そのコロサスが、無傷の状態で僕の眼前に存在しているのだった。もっとも、これは「本物のコロサス」ではない。邪神闇塚の妄想パワーが作り出した複製…いや、模造品に過ぎないのだ。だが、そうとわかってはいても、止めようのない激しい感動を僕は覚えるのだった。


 見物後、僕は階段を登り、円柱と円柱の間を通って、アルテミス大神殿の中に踏み込んだ。床も壁も天井も、大理石風の素材で作られていた。光源は不明だが、神殿内は適度な明るさが保たれていた。

 アルテミス像が安置されている大広間に繋がる廊下を僕は歩いていた。左右の壁面は、美術品の展示スペースを兼ねていて、絵画、彫刻、金細工に銀細工、そして、貴石宝石の類いが惜しげもなく並べられていた。


 廊下を抜けると、視野が格段に広がった。月の女神アルテミスが、ルシファーを迎えてくれた。奇跡の対面と云えた。かつて、大勢の参拝者や観光客で賑わっていた同広間だが、今は誰もいない。いるのは、アルテミスに匹敵…あるいは、それを超える容姿を持つ僕一人だった。その時、


「僕もいるよ、シオール」


 懐かしい声を響かせながら、女神像の陰から、黒髪の貴公子が現れた。端整な顔立ちに少年の面影を残す美しい青年。魔宮遊太の登場であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る