商店街

 おたま食堂を出て、僕はアパートに向かった。玉子さんが「おみやげ」を持たせてくれた。彼女の厚意はありがたいが、それに対して、何も報いることができない自分に苛立たしさを覚える。

 食堂の経営も決して楽ではない筈だ。その中で、玉子さんは最大限のサービスを提供してくれるのだった。もっとも、僕が特別扱いされているというわけではない。彼女はどの客にも優しく、親切である。時々「この人は福神の化身ではあるまいか……」と思うほどである。

 僕がやっている芸能活動は、大半の眼には「遊び人の芝居道楽」に映るだろうし、実際、そんなようなものだ。玉子さんは数少ない本当の理解者であり、応援者の一人と云えるのだった。

 ともあれ、お金が要る。亡者になる気はない。だが、日替わりランチや晩酌セットの払いにも困るようでは、最早どうにもならない。本業が黒字に転じるまでは、副業で稼ぐしかない。血に塗れる辛い仕事ではあるが、一応「東京の平和に貢献している」ことが、救いであり、慰めであった。


 布袋商店街は今日も賑わっていた。都内屈指の…とまでは云わないけれど、こんなに活気のある商店街は、当今珍しいのではないか。おたま食堂から、五十メートルほど歩いたところに、玉子さんの親友、雪美(通称、ゆきの)さんが一人でやっている「スノーラビット」がある。

 本格バーテンダー、雪美さんのオリジナルカクテルが堪能できる素敵なバーだが、現在は休業中である。扉の表面に貼られた「しばらく旅に出ます・ゆきの」というメッセージは、今日もそのままになっていた。

 玉子さんの情報によると、雪美さんは「亀の島」に行ったそうである。上陸自体が難しい、絶海の孤島らしい。そんな秘境めいた島にいったいどんな用があるのか?まったく不思議な人である。


 布袋商店街には、おたま食堂やスノーラビットの他にも、面白いお店がたくさんあるが、各店の紹介や説明は別の機会にして、僕自身の話を進めることにしよう。じゃないと、いつまで経っても終わらないからね。


 商店街を抜けて、少し歩いたところに僕の住処はある。部屋に入り、食卓の上におみやげを置いた。玉子さん特製のおにぎり弁当である。代価を渡そうとしたが、どうしても受け取ってくれないのだった。窓際のアナログ時計が「午後3時55分」を示していた。

 僕は寝台に腰をおろすと、先輩団員(今は堅気になっている)が無料で譲ってくれた中型テレビの電源を入れた。一時間置きに放送されている「化物情報」を観るためである。番組が始まる前に、源シオールが出演しているコマーシャルが流れた。有名企業の乳児用紙おむつの宣伝であった。

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