食人獣

 天界をモチーフにしたと思われるセットで、天使の扮装をしたシオールが、複数の赤ちゃんと楽しそうに戯れていた。その際のシオールの表情がいい。おそらくあれは、演技ではあるまい。芝居や技巧を超えて、天使そのものに成り切っている。あるいは、本物の天使なのかも知れない。

 現実離れしたシオールの美貌を眺めていると、そんな妄想が脳内に湧いてくる。たとえば僕に、彼同様の笑顔を作ることができるだろうか?まず無理だろう。俳優失格と云われてしまいそうだが、事実である。どんな名優でも、本物にはかなわない。あっ。これは、僕が名優という意味じゃないですよ。念のため。


 魔少年の異名で呼ばれるシオールだが、同時に、大変な子供好きとしても知られている。ロケの最中、道端でわあわあ泣いている迷子を抱き上げざまに、交番に送り届けたという話もある。

 シオールが有している「魔」は、主に強者とその取り巻きたちに向けられている。それが人気の一要素になっているわけだが、彼の言動や姿勢に反感を抱いている者も少なくないと聞いている。そういう連中にワナをかけられたりはしないかと、いささか心配ではある。もっとも、僕などに心配されては、かえって迷惑かも知れないが……。


 紙おむつのコマーシャルが終わり、化物情報が始まった。画面に黄金時代のアルフレッド・ヒッチコック監督そっくりのアナウンサーが現れ、最盛期の熊倉一雄さんの声で喋り出した。おたま食堂のラジオでも伝えていたが、昨夜、都内で大規模な戦闘が行われたらしい。

 球場に誘い込んだ怪物の群れを殲滅しようとしたW大学の勇者部が、激しい反撃に遭い、壊滅に等しい損害を被ったという。通報を受けた警察所属の特殊部隊が駆けつけた時には、死屍累々の地獄の巷と化しており、生存者は十人に満たなかったそうである。

 勇者部とは「興味半分でモンスター退治をやっている学生たち」の総称だが、度々このような事態を引き起こし、世間の顰蹙を買っている。まったく愚かな真似をするものである。亡くなった者を非難するのは酷かも知れないが、やらなくてもいいことをやった結果なのだから、自業自得と云われても仕方あるまい。


 やつらを甘く見ると、とんでもない運命が待っている。ユーモラス(な感じさえする)外見や動作に騙されてはならない。やつらは、獰猛な肉食獣なのだ。巨大な胃袋と底なしの食欲を持ち、活動時間(夜)を迎えると、獲物を求めて、潜伏場所から這い出して来る。やつらの名はスライム。かつての愛玩珍獣は、今や都民最大の敵である。高い凶暴性に加えて、繁殖力が異様に強い。こうしている間にも、やつらの数は確実に増え続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る