憤怒
「遊太!無事だったのか!」
毛布をはねのけざまに、起き上がろうとした僕であったが、その瞬間、修復中の大翼と中翼に稲妻のような痛みが閃いた。
「うっ……」
我慢強い僕も、さすがに堪えかねて、美唇から苦悶の呻きを漏らした。
「駄目だよ、シオール。君の体は、君が考えている以上にダメージを受けているんだ。せっかく塞がった傷口が開いてしまうよ」
「大丈夫さ、これぐらい……」
つぶやくように云いながら、僕は再び遊太と会話ができることに絶大な喜びを感じていた。
「ポトフの匂いで眼が覚めるなんて、相変わらずの食いしん坊だね。戦闘天使に変身しても、そういうところは同じなんだな」
云いながら、遊太は焚火を離れ、僕の傍に近づいてきた。あのバイキンマンスーツから一転、遊太は地味な服装に着替えていた。社会人には見えないし、理系風でもない。今度の役は「文学部の学生」か何かだと思われた。これも才能のひとつと云えるだろう。どのような装いであっても、短期間で着慣れてしまうのが、彼の特技なのだ。
遊太は(これも地味なデザインの)眼鏡をかけ、レンズ越しに手負いのルシファーを見ていた。誰よりも優しいその眼差しに変化はなく、この青年が紛れもない魔宮遊太であることを示していた。
もっとも、パーフェクション・ルシファーたるこの僕が、愛する人を見誤る筈がない。もし、闇塚が差し向けた複製や偽者であった場合は、岩面の結界が即座に反応し、そのことを教えてくれる。断言していい。彼は本物の魔宮遊太だ。そして、ポトフ作りに余念がないゆきのさんも。
「僕は、君が消されてしまったと思っていた。二度と会えないと思っていた。その君とこうして話をしている。嬉しいよ、遊太。本当に嬉しい」
「僕もだよ、シオール」
遊太は口辺に優雅な微笑を浮かべつつ、
「僕は『消された』のではなくて、別の空間へ『飛ばされた』だけだったんだよ。鍋さんは暴君かも知れないけど、問答無用で座員を消すなんてことはしないよ。そこまで残酷でも冷酷でもないさ」
「……」
「納得していない顔だね。まだ怒りがおさまらないのかい、シオール」
僕は遊太の顔から視線を外し、虚空を睨みつけた。
「たとえそうだとしても、君を脅迫して、僕と無理矢理戦わせようとしたことは事実だ。それがあいつのやり方なんだ!正義の体現者として、猛烈に気に食わない。この罪は、何らかの形で必ず償ってもらう」
遊太は聞き分けのない園児を諭す口調で、
「君はもう充分に戦(や)ったさ。さしもの鍋さんも、幾度か肝を冷やしたと思う。そして今、僕は君の前にいる。それでいいじゃないか」
「君は優し過ぎるよ。僕は君みたいに寛大には振る舞えない。僕は少年(こども)だ。永遠の少年に君(おとな)の真似はできない」
「戦いは終わったんだよ、シオール。君には大変不本意な結果だったとしてもね。そこに至る経緯はどうあれ、認めるしかないさ」
「……」
「復讐戦に挑むルシファーよりも、僕は、本来の続きが読みたいな」
「続き?」
「そう。源シオール主演の『スライムハンター』の続きをね」
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