証明

「死ねやあ」

 喚きざまに、コガネマンが右手の火炎瓶を投げつけてきた。原始的ではあるが、恐ろしい凶器だ。殺傷性は極めて高い。俺は横に跳躍して、直撃を避けた。これを刀で撥ね返すことはできない。逃げるしかなかった。

 虚空で光が弾けた。次の瞬間、起爆が起きた。破裂と同時に、無数のガラス片と大小の火球が周辺に飛び散った。身を隠す場所もない橋の上である。その全てから逃れることは不可能であった。

 複数のガラス片が頭部に集中した。万能兜をかぶっていなかったら、俺は確実に死んでいた。左肩、脇腹、右足…火球が命中した部分から、白煙が噴き上がり、密着鎧を焼く臭いが鼻孔に流れ込んできた。各所に痛みを感じるが、幸い、致命的ダメージは受けていない。長谷川の自信作、対スライム用防具が俺の命を守ってくれた。

「!」

 体勢を立て直した俺が、最初に見たのは、第二の火炎瓶を投げつけようとしているコガネマンの姿であった。馳せつけざまに、首を刎ねる余裕はない。そう判断するか、しない内に、俺は右手の大刀を投擲していた。相当な賭けと云えた。もし外れたら、最大の武器を失う上に、コガネマンに「攻撃権を渡す」ことを意味するからである。

 次の瞬間、奇跡が発生した。俺の刀が、コガネマンの右手を火炎瓶ごめに貫いていた。コガネマンは刹那きょとんとしていた。我が身に何が起きたのか、理解できていない様子であった。だが、

「なんじゃあ、こりゃあ」

 地獄の絶叫に調子を合わせるみたいにして、瓶の割れ目から、大量の炎があふれ出した。炎は瀑布に変じて、コガネマンの全身を瞬く間になめ尽くした。火達磨と化したコガネマンは「おばば。うばば。ぶばばばばば」と、その場で踊り狂っていたが、そんなことをしていても、何の解決にもならないことを悟ったらしく、欄干を乗り越えざまに、R川に飛び込んだ。水泳上手のグリーンスライムが待ち受ける川の中に。


 俺はD橋を離れ、支部に至る最短経路を歩行していた。今夜の狩りは中止することにした。狩りどころか、こちらの生命が危うい。大刀はコガネマンに持っていかれてしまった。俺に残された武器は、右手の小刀と足首に装着したバトルナイフのみである。厳しい戦いを強いられそうだが、ともあれ、あるもので切(斬)り抜けるしかなかった。

 自ら川に落ちたコガネマンのその後の運命は不明である。確かめてみたいとは思わない。又、方法もなかった。しかしおそらく、今頃はスライムの腹の中だろう。外道に相応しい最期だが、若干の憐れみを感じないでもない。この辺りの甘さが、二流三流の所以になるわけだが、それは、俺が「まだ人間である」ことの証しとも云えるのだった。

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